著書である『論破力』(朝日新聞出版)が、4.5万部のヒットをとばしているひろゆきさん。論破に使えるテクニックが満載な著作からさらに踏み込んで、担当編集者の大坂温子が、「論破しても、しなくても幸せ」なひろゆきさんならではの幸福論を聞きました。生きやすくなるための、目からウロコの論理が満載です。
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■「人にわかってもらえない」のは当たり前
大坂(以下「大」):この本の読者のなかには「なんでわかってもらえないんだ」とくやしい思いをしたことがある人も多いと思います。ひろゆきさんにはそういう経験ないですか?
ひろ:人はわかり合えないのが当たり前だと思っているので、そういう怒りはないですね。例えば会社で企画が通らなかった原因は、説得できる材料を持って行けなかったということなので、「じゃあ材料を探そう」と考えますよね。ただ、相手が「1+1は3」と言ってしまうような人だと思ったら、いくら材料を持っていっても仕方がないので、「たぶんこの人は企画を通す人じゃないんだ」と頭を切り替えます。相当頭のおかしな企画でない限り、誰かからはわかってもらえるでしょうし。
大:「いまの上司にわかってもらえなくても、別のところで評価されればいいや」、という長期的な視野を持つのって、なかなか難しいように思えちゃうんですが……。
ひろ:「数」じゃないですか。100回却下された企画があれば、101回目には却下されることに慣れていると思うんですよね。「人生初めての企画です! 読んでください!」と言って通らないとへこみますけど、101回目ともなると「またか~」くらいで済む。落ちた企画はとっておいてもいい。上司が変わった時や転職した時に、ストックとしては使えると思いますよ。
――「100の中の5くらいしかわかってもらえていないけれど、残りの95は他でわかってもらえる」と思えばいいということ?
ひろ:「95わかってくれる人がいる」ではなく、「5くらいわかってくれる人が20人いるなら、足したら100」という考え方。僕の大部分をわかってくれる人がどこかにいる、とは思っていませんね。例えば子どものひとり遊びって、基本的に親はわからないじゃないですか。みんな、そういう経験をしているはずです。
■「がんばればうまくいく」という誤解
――子どもの時からずっとそういう考え方だった?
ひろ:「家族ならわかってくれる」とさえ思っていませんでした。寂しいという感覚がもともとなかったので。「わかってもらいたい」という気持ちが最初からありませんでしたね。例えば僕、小さい頃にトカゲを集めるのが好きだったんですけど、その楽しさを家族は誰ひとり理解しないわけですよ。でも、僕はそれを当たり前だと思っていた。僕の好きなものは僕の好きなものだし、別にそれを彼らが理解する必要があるとは思っていなかった。