「このかたちが絶対だ」「こうしなければ大人になれない」という答えは、やはりないんだと思うんです。

 私は20代のころ、とにかく明確でわかりやすい「答え」を求めていました。30代以降からは、いいかげんになったというか「答えなんてなくてもいいんだ」と思えるようになったんです。

 自分なりにできることをやればいい。わからないことや未確定なことがあるからこそ、将棋はおもしろいんだし、そこに進歩の余地があるんだと思っています。>(『不登校新聞』2009年1月1日号)

 将棋も人生も答えなんてなくてもいいんだ、というメッセージは私も聞いていた不登校の人も胸に来るものがありました。

 今年2月に棋士では初の国民栄誉賞を受賞し、前人未到の100期目を達成した羽生さんも、最近は不調が続いていました。今回の負けてしまえば「27年ぶりの無冠」となってしまうところだったのです。

 こういう不調続きのとき、羽生さんはどう考えているのでしょうか。その一端がわかるお話を、3か月前の金沢での講演で語っています。

<負けが続いたときは、最初にそれが不調による結果なのか、実力によるものなのか、そこを見極める作業をします。

 将棋の世界には「不調も3年続けば実力」という言葉があります。負けた理由が実力であった場合、自分自身の努力や研磨、修練が足りなかったということなので、その現実を真摯に受け止め、また一生懸命にがんばって、次のチャンスをうかがうということにしています。

 一方、不調のケースもあります。不調というのは、やっていることはまちがっていないのですが、具体的な結果や成果が出ていない状況です。どんなことでもそうですが、今日、始めたことの結果が次の日や1週間後に出るということはほとんどありません。たいていの場合、1カ月後であったり、3カ月後であったり、ある程度の月日を経て、初めて花を咲かせ、実を結びます。

 ですから、不調のとき、私はやっていることを変えません。それをすると元のもくあみに戻ってしまうので、気分を変えるようにしています。

次のページ
意外と当たり前!? 不調を乗り越える方法