負けが続けば誰でも気持ちが落ち込みやすいので、たとえば髪型を変える、部屋の模様替えをする、趣味を始める、起きる時間を変えてみる。このように私自身は日常の生活の中で小さな変化やアクセントをつけることによって、不調の期間を乗り越えていくようにしています。>(『不登校新聞』2018年10月1日号より)

 負けが続いたら、現状をよく見定めて、実力か気分を変えていく。そんなお話を聞いて、私のような小者は「意外とあたりまえの話だなぁ」と思ってしまうわけです。なんと言うか、これだけのスーパースターからは「片眉を剃って山に籠る」など、モーレツな修行法のようなお話を聞きたいわけです。

 ところが羽生さんへの取材を思い返すと、いつも「あたりまえの話」を繰り返されているような気もします。そんな「あたりまえ話」を聞くなかで、羽生さんが勝ち続けられた理由が少しずつ見えてきた話がありました。

 その最たるものが講演の最後を締めくくった話です。

将棋というのは一手ずつ選択をするゲームです。なるべくまちがえない選択をするために私が心がけていることがあります。

 それが私の尊敬する棋士・原田泰夫さんが大事にされていた「3手先の読み」です。3手というのは、1手目が自分、2手目が相手、3手目は、ふたたび自分です。そこで一番大事なのは2手目、相手の反応です。

 棋士ならば頭のなかで駒を動かして100手以上も先のことをシュミレーションすることができます。しかし実際に起きる10手先程度の未来を正確に予測することは難しいことなのです。

 というのも、相手の反応を考えるとき「相手の立場に立って自分の価値観で考えてしまう」からです。これは私もよく陥ります。そうすると何百手先のことを考えても2手目から的外れになります。

 もちろん完璧な予測は難しいですが、少なくとも相手の価値観に近づいて考えていかないといけない、そういう教えが「3手先の読み」です。

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五里霧中のなかの選択