難治がんの記者、退院めど立たず 気付いた政治、医療共通の“落とし穴” (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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難治がんの記者、退院めど立たず 気付いた政治、医療共通の“落とし穴”

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

自宅から入院先へ、どこにでもついてくる愛用の水筒。入れものの白いカップは配偶者がベッドに固定した。後ろにノートや、縦書きでプリントアウトした原稿類も

自宅から入院先へ、どこにでもついてくる愛用の水筒。入れものの白いカップは配偶者がベッドに固定した。後ろにノートや、縦書きでプリントアウトした原稿類も

「政治にもICを」と訴えるコラムを書いたのは一昨年7月。私が文章を書く日々に戻ったのも、これがきっかけだ。がん患者としての日々と政治。二つを重ね合わせる目を開いてくれたのはICだった。

 治療でも、がん切除の手術を2度試みることには医師からも賛否両論があった。けっきょく切除はかなわず、おなかに人工肛門(こうもん)をつける不便も強いられた。それでもなお後悔がないのは、同意書にサインしたことで「最後は自分で決めた」と言えることが大きい。

 たしかにICには「医療者の責任逃れの道具に過ぎない」といった指摘もある。

 同意書にサインしない自由があるとはいっても、しなければほかに道はないから、形式的に過ぎない。「副作用とリスクが起こりうることを説明した」事実だけが積み上がり、病院からすれば、何かが起きても「説明してあったはずだ」と患者に言い逃れができる――。

  ◇
 私自身も、同意書にサインしなかった覚えはない。説明を聞くのも、同意するのも、流れ作業になっていた――。今回の入院でつくづく思った。

 がん患者である私と死。その間を結びつけるルートは2つある。

 1つはがんそのものの悪化。もう1つが、動脈瘤(りゅう)ができることだ。ちなみに、今年4月以降の入院は3回とも後者の絡みになる。

 がん治療では臓器に血が流れるようにステントを入れることがある。その刺激で動脈瘤ができるおそれが生じる。動脈瘤の破裂後の出血。処置に関連して血が流れなくなることによる臓器の壊死(えし)。いずれもシビアな結果と隣り合わせだ。

 今回の入院で改めてはっきりしたのは、一昨年12月に初めて私がステントを入れて以降、主治医と私の間で「動脈瘤」が話題になっていなかったことだ。主治医が担当するのは抗がん剤治療で、私とのICも月1回のCT検査のように、目の前のことに限られる。すべての案件について「どうしていきましょうか」という話にはなりにくい。その結果として、2つのルートの片方はほったらかしになっていたわけだ。幸か不幸か、もし動脈瘤の話が主治医との間で出ていても、打てる手はなかったようだ。


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