「引退表明」広島・新井貴浩、波瀾万丈の20年間を振り返る【西尾典文】 (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「引退表明」広島・新井貴浩、波瀾万丈の20年間を振り返る【西尾典文】

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今シーズン限りの引退を表明した広島・新井貴浩 (c)朝日新聞社

今シーズン限りの引退を表明した広島・新井貴浩 (c)朝日新聞社

■涙の移籍会見で阪神へ。結果を残すもバッシングの嵐が……

 しかし、ここで新井は大きな決断をすることになる。07年オフにFAを行使して阪神への移籍を発表したのだ。ホームラン王を獲得した05年オフ、FA権を獲得した06年にはいずれも移籍を否定するコメントを残していたこともあって、この移籍に対してファンからは多くの失望の声が上がった。またFA宣言を発表する会見では「辛いです…。カープが好きだから。FAなんてなければ良かった」とコメントしたが、辛いなら移籍しなければいいという多くの突っ込みを受けることにもなった。この移籍の背景には兄のように慕う金本ともう一度一緒にプレーしたいという思いが強かったが、その金本の存在がまた新井を苦しめることとなる。金本は広島時代も一流の成績を残していたが、阪神移籍後にさらに成績を残して優勝にも大きく貢献している。自然と新井に対する期待のハードルも高くなっていたのだ。移籍1年目は打率3割をクリアしたものの本塁打数は8本と前年から激減。翌09年からは3年連続で全試合に出場し、10年には112打点、11年には93打点をマークして打点王を獲得するなど十分な活躍を見せていたが、09年と11年にはリーグ最多の併殺打を記録したこともあって、ファンからは非難の声のほうが大きかった。12年以降は故障もあって成績も低迷。結局一度もリーグ優勝を経験することなく14年オフに自由契約となった。

■古巣へ復帰。自由契約からMVPへ

 阪神の最終年となった14年は43安打、3本塁打、31打点という寂しい成績で、その年に38歳を迎えるということもあってそのまま引退かとも思われたが、獲得に手を挙げたのが古巣の広島だった。年俸わずか2000万円という条件だったが新井はこれを受け入れて復帰。当初はブーイングも覚悟したと言うが、ファンからは温かい声援が飛んだ。新井もその声援にこたえて見事に復活を遂げる。復帰当初は代打での出場が多かったが、新外国人のグスマンの不調もあってスタメンに定着し2年ぶりに規定打席をクリア。そして16年には打率.300、19本塁打、100打点の大活躍でチームを優勝に導き、自身もMVPに輝いたのだ。39歳でのMVP受賞はセ・リーグ史上最年長記録。また戦力外に近い形での自由契約を受けた選手がMVPに輝いたことは史上初の快挙である。

 ここまで新井のプロ野球生活を振り返ってみたが、自らのアピールでプロ入りを果たし、猛練習で一流選手となり、バッシングを乗り越えて39歳で優勝とMVPを獲得するような選手はそう出てくるものではないだろう。そして特筆すべきはやはりそのキャラクターである。喜怒哀楽を隠そうとせず、不器用ながらも懸命にプレーする姿に多くのファンは心打たれたのである。すっかり定着した『新井さん』という愛称も、阪神時代は小馬鹿にする響きがあったが、今では親しみを込めて使われている印象だ。そんな新井の現役生活もあとわずか。リーグ優勝は濃厚だが、いまだ果たしていない日本一という大きな目標は残っている。波瀾万丈の20年間を最高の形で締めくくることができるのか。最後までその全力プレーに注目したい。(文・西尾典史)

●プロフィール
西尾典文
1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。


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