どうしたらいいか。もうお分かりですね。

 一番は、近くの精神科や心療内科の病院にいますぐ、連れて行ってあげること。

 35歳は、都会ではまだまだ可能性の真っ只中の年齢です。もう一度、人生をやりなおすことはそんなに難しいことではないでしょう。

 家族が妹より世間体を取り、近くの病院は絶対にダメだというのなら、あなたは自分の未来のために戦うか(つまりは「30年後も妹の責任を取れるのか?」と父親に迫るか)、すくなくとも少し離れた病院の診察に連れて行ってあげること。そして、定期的に通える状態を作ってあげること。

 とにかく、一刻もはやい受診をお勧めします。

 妹さんとちゃんと意思が通じるうちに、うつ状態の治療を始めるのです。うつ病は「こむら返り」であり、骨折ですから、とくに重症となれば自然治癒(ちゆ)は難しいでしょう。妹さんと軽く話したり、食事を共にするのも、全身骨折を湿布で治療しようとするようなものです。病院に行かないとダメなのです。

 農家の長男さんにとって耳の痛いことかもしれませんが、くり返します。僕はあなたの20年、30年後の兄弟・姉妹を本当に何組か知っています。反対した親は死んでいるか、年老いて介護されています。

 親に従い、兄や妹を病院に連れて行けなかった弟や姉が、今、まさに苦しんでいるのです。けれど、精神が荒廃した兄や妹は、弟や姉がどれほど苦しんでいるのかを理解できないのです。年老いた親が生きている場合は、親に対する激しい嫌悪と攻撃を示します。

 これを悲劇と言わずして、何が悲劇かと思います。けれど、この悲劇は、20年・30年前に避けることができたのです。ただ、世間に従ったことで起こってしまったのです。

 農家の長男さん。どうか、あなたの未来のために、今、しんどいですが、動き出して下さい。心から応援します。

【編集部から】
 文章中「うつ病かうつ症状」か「うつ病またはうつ状態」と断定を避けているのは、抑うつ症状はあらゆる精神疾患でみられる症状であり、うつ病に限らないためです。うつ病と診断されていても、実はそれは統合失調症などの初期症状である可能性も考えられ、そうであれば治療を受けずに放置することで、人格荒廃に至ることがあります。加えて、悪い状況や環境により、二次的な精神疾患(アルコール依存や薬物依存など)が併発し,これが精神状態のさらなる悪化を招くことがあります。こうした理由により,いずれにしても早期の治療が大切です。

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鴻上尚史

鴻上尚史

鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)/作家・演出家。1958年、愛媛県生まれ。早稲田大学卒。在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。94年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞受賞、2010年「グローブ・ジャングル」で読売文学賞戯曲賞。現在は、「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に脚本、演出を手掛ける。近著に『「空気」を読んでも従わない~生き苦しさからラクになる 』(岩波ジュニア新書)、『ドン・キホーテ走る』(論創社)、また本連載を書籍にした『鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』がある。Twitter(@KOKAMIShoji)も随時更新中

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