大谷翔平、内川聖一、稲葉篤紀…「甲子園の夢」が散った明暗を分けた判定 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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大谷翔平、内川聖一、稲葉篤紀…「甲子園の夢」が散った明暗を分けた判定

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久保田龍雄dot.
花巻東時代の大谷翔平 (c)朝日新聞社

花巻東時代の大谷翔平 (c)朝日新聞社

 今年も各地で地方予選が行われ、夢の甲子園出場への切符を掴んだ高校が続々と決まっているが、懐かしい高校野球のニュースも求める方も少なくない。こうした要望にお応えすべく、「思い出甲子園 真夏の高校野球B級ニュース事件簿」(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏に、夏の選手権大会の予選で起こった“B級ニュース”を振り返ってもらった。今回は「地方大会決勝戦、明暗を分けた判定編」だ。

*  *  * 

 1990年の愛知県大会決勝は、稲葉篤紀(元日本ハムなど)が主将・4番の中京(現中京大中京)と2年生の鈴木一朗(イチロー)が3番を打つ愛工大名電が甲子園出場をかけて激突した。

 2対2の3回表、中京は四球で出塁した稲葉を二塁に置いて6番・中村正幸が左前安打。稲葉は迷わず三塁を回り、レフト・イチローが“レーザービーム”でバックホーム。クロスプレーとなったが、「スライディングしたとき、ノータッチだと思った」稲葉は本塁上でガッツポーズした。

 だが、判定は無情にも「アウト!」。結局、中京は4対5と惜敗し、“幻の1点”に泣いた。準決勝まで22打数10安打8打点2本塁打と打ちまくった稲葉自身も無安打に終わった。

 「あれがセーフだったら……」。あまりの悔しさに稲葉は「もう野球はやりたくない」とまで思い詰めたが、帰宅後、テレビで県大会のハイライトを見ていると、偶然自らが放ったホームランのシーンが画面に映し出された。BGMは岡村孝子の「夢をあきらめないで」。励まされているような気持ちになり、涙があふれてきた。

 「高校では一度も優勝できなかったから、大学では絶対に優勝しよう」。再び野球を続ける決心をした稲葉は、法大4年の秋に優勝の夢を実現。プロ入り後もリーグ優勝6回、日本一3回を経験している。

 今年6月29日の阪神vsヤクルトで、ラインアウトをめぐる“疑惑の判定”が明暗を分けたが、2000年の大分県大会決勝でも同様の事件が起きた。超高校級スラッガー・内川聖一(現ソフトバンク)の大分工と好投手・長谷川敬を擁し、ノーシードから勝ち上がってきた中津工との対戦だった。



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