北朝鮮の最大の心配は、アメリカに攻撃され、体制を潰されるということだ。それを防ぐための唯一の手段として選んだのが、核とミサイルである。だから、「核とミサイルを手放せば制裁を解除する」といくら言っても、北朝鮮がアメリカを信じていない以上は、何の意味もない。手放せば、自分が殺されることを容認するのと同じだからだ。

 一方、元々アメリカから身を守るための手段としての核・ミサイルだから、アメリカが、北朝鮮を攻撃したり、裏で動いて体制を崩壊させるようなことを絶対にしないという「確信」が持てれば、核もミサイルも必要なくなる。少なくとも、論理的にはそうなる。

 そして、金正恩委員長は、それを望んでいるはずだと、トランプ大統領は確信したのではないか。これは、トランプ氏が変人だからそう考えたのではなく、金委員長の立場に立って、論理的に考えれば当然の帰結である。

 なぜかと言えば、まず、金氏にとって、自己の体制存続のためには、アメリカから身を守ることは必要条件だが、実は、十分条件ではない。北朝鮮の経済は非常に厳しい状態に置かれていて、韓国はもちろん、最近では中国にも大きく引き離されてしまった。中朝国境を行き来する北朝鮮人民から見れば、その落差は歴然だ。いくら鎖国状態を保っても、少しずつそういう情報は広がる。自国の困窮状態が続けば、いずれは人民蜂起という事態も十分にあり得る。金氏はまだ若い。これから40年くらいは体制を維持していかなければならない。アメリカから攻撃されなくても、その40年を鎖国状態のまま乗り切れることはないということは、スイスで教育を受けた金氏にはよくわかっているはずだ。だから、核・ミサイルと同じかそれ以上に経済復興が優先課題となっている。核とミサイルを捨てれば、確実に体制保証が得られ、経済制裁が解除されるのであれば、金委員長にとっては、一石二鳥である。

 先代の金正日総書記は「先軍政治」を掲げ、軍事最優先主義を貫いた。金正恩氏も当初はそれを引き継いだが、すぐに、これを経済復興と核・ミサイル開発の「並進路線」に転換した。「経済」が自己の命を守るカギだということを知っているからだ。そして、今年1月の新年の辞では、並進路線をも脱して、事実上の「経済集中路線」を宣言している。正式には4月の朝鮮労働党中央委員会総会での決定によるのだが、実は1月には既に宣言されていた。だからこそ、1月から驚くような融和路線への急転換があったのだが、その路線転換を日本の大手メディアは伝えなかったので、日本国民は最近までこれに気づかなかった。もちろん、安倍総理の頭の中は、昔のままであった。

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