「不倫は絶対ない」 妻へのウソがバレた42歳男性の帰る家なくなった地獄 (4/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「不倫は絶対ない」 妻へのウソがバレた42歳男性の帰る家なくなった地獄

連載「男と女の処世術」

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西澤寿樹dot.#不倫#夫婦#結婚#離婚

最初から真実を伝えて途方に暮れるのと、隠し続けて最後にばれて途方に暮れるのと、どっちがいいのか。人間の心理的には後者を選びやすいという(※写真はイメージ)

最初から真実を伝えて途方に暮れるのと、隠し続けて最後にばれて途方に暮れるのと、どっちがいいのか。人間の心理的には後者を選びやすいという(※写真はイメージ)

 最初から真実を伝えて途方に暮れるのと、隠し続けて最後にばれて途方に暮れるのと、どっちがいいのか?ですが、人間の心理的には後者を選びやすいように思います。

 国会や政治の世界なら、言い逃れればセーフになるというのが経験則かもしれませんが、夫婦の問題だと、佳子さんのケースのように短期的にはそういう側面があっても、長期的には言い逃れはさらに問題の解決を困難にします。

 そもそも、事実を隠すのも認めるのも、そもそもの話が聞いて嬉しいような話ではないので、もめるのは決まっています。そして、ずっと一緒に生活している以上、完全に隠しきることはかなり困難です。

 アニメの『サザエさん』でマスオさんが寝言で「ナオミー」と女性の名前を叫んだというエピソードがありました。寝言は無意識だからコントロールできません。寝言だけではなくて、一緒に生活するということは、自分の無意識的な言動を相手に大量にさらしているので、自分が気づかないどこかからほころびが出てしまうことを完全に抑えることは難しいのです。サザエさんの話はさすがに競馬の馬の名前だったという落ちでしたが。

 一旦ウソでごまかして、あとでばれることの問題は、

・浮気されたことによる傷つきと怒り

だけでも大変なのにさらに

・ウソをつかれたことによる傷と不信感

が乗っかってしまうことです。

 自分を裏切った相手を信じるのは難しいことですが、それだけならまだ言葉自体の信頼は失っていない部分があります。しかし、そこにウソをつかれたことの傷と不信感が乗っかってしまうと、より深く傷つく上に、言葉が信頼できなくなってしまいますから、「ウソで自分たちを出し抜いてきた、隣村のうそつき族の住民たちとどう信頼関係をつくるか」という論理的に抜け出し得ない領域に入ってしまいます。

 こういった問題を解こうとするときは、まず「ウソをつかれたことによる傷と不信感」の方に焦点を当てる必要があります。当事者のどちらも、行為としての浮気は分かりやすいので、そちらに意識が向きがちですが、それだと顔の骨が骨折しているのに、表面に見えるアザの手当てをしているようなものです。


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