■エビデンスが全てではない

 近藤医師によって救われる患者は、実は決して少なくないと私は考えています。

 たとえば、進行がんにかかり、通常の治療では治癒や延命が期待できない場合、多くの患者は「もっと早く診断されていたら、手術で治ったかもしれない」と後悔します。しかし、この期に及んで「早期に診断したら、手術によって治癒したかもしれない」と医師から説明されることは、患者にとっては苦痛以外の何物でもないでしょう。

 医師不足の地域に住み、専門医の診察を受けずに亡くなった患者の遺族にとって、近藤医師の言葉は優しいでしょう。多くのがんは治療の必要性がないというのですから。

 がん患者の中には、専門医を求め、遠方の病院を受診する人もいますが、数は多くはありません。多くのがん患者は地元の医師の診察を受け、そして亡くなっていきます。こうした患者に対して、エビデンスを強調し、彼らの主治医が「標準的な治療を提供していない」と批判しても意味がないのです。

※『病院は東京から破綻する』から抜粋

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上昌広

上昌広

上昌広(かみ・まさひろ)/1968年生まれ。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所理事長。医師。東京大学医学部卒。虎の門病院や国立がんセンター中央病院で臨床研究に従事。2005年東京大学医科学研究所で探索医療ヒューマンネットワークシステムを主宰。16年から現職。著書に病院は東京から破綻する(朝日新聞出版)など

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