「難治がん」の記者 27日のAbemaTV出演が決まって考えた「道具」としての笑顔 (2/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「難治がん」の記者 27日のAbemaTV出演が決まって考えた「道具」としての笑顔

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた昨年1月、がんの疑いを指摘され、手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた昨年1月、がんの疑いを指摘され、手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

笑顔は仕事の幅も広げてくれるようだ…(※イメージ写真)

笑顔は仕事の幅も広げてくれるようだ…(※イメージ写真)

 私の場合、見舞いに来てくれる方が多かったことに助けられた。延べ人数は身内を除いても昨年6月に200人を超え、今は500人に近づいている。相手が余計な気を使わないように笑い話をしながら、病状を説明することを繰り返す。それによって、自分を他人のように突き放してみることが前以上にできるようになった。

 それが執筆につながっている。

 昨年7月、病気になって初めて書いた「リスクも語ってほしい がんと闘う記者が感じた参院選」(紙面用の短縮版は「リスク説明 政治も医療のように がん患者になって見つめて」)はもともと載せる場が用意されていたわけではない。

 ただ、これまで通りの顔をしていると自然とアイデアが浮かび、書かずにはいられなくなった。

 患者は一定の範囲で医師に信任を与える。その関係は有権者と政治家のそれに似ている。だとすれば政党や候補者は選挙戦で医師と同じように、政策の効用と一緒に副作用も語るべきではないか――といった内容だ。

 笑顔は仕事の幅も広げてくれるようだ。

 頼むほうにすれば、いかにも元気がなさそうながん患者に仕事を任せて倒れられたら、後味が悪いだけでなく、成果物も回収できない。ふつうは二の足を踏むのではないか。

 どこまで「顔」のおかげかはわからないが、最近、仕事の声がかかることが多い。23日には、医療関係者向けの講演会に画像出演するための撮影を自宅で終えた。来年2月に朝日新聞に載る予定の原稿も任された。これなら満足に指が動かず、体調が急に悪くなるおそれがあっても、対応できる。今のうちに――。そう、今のうちにできるだけ書き、しゃべらなければならない。

 がん患者でいることは面倒くさい。

 私にとって「死」は日常生活の延長線上にあり、それほど特別なものではない。だが多くの人は違うから、コラムで何気なく書いたことを読んで「思いつめているのではないか」と誤解する人が出てくる。私からすると、「体を第一にしたほうがいい」という心遣いだろうと、暴力による脅しだろうと、コラムを載せにくい状況になるのは困る。


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