尾崎豊の死から25年、尾崎裕哉は父を乗り越えることができるのか (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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尾崎豊の死から25年、尾崎裕哉は父を乗り越えることができるのか

連載「六九亭日乗」

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大友博dot.#大友博

Photo by Kenji Kitazato

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大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など

大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など

 バンドは裕哉を含めてギター×2、キーボード、ドラムス、ギターの5人編成。その後方下手に大きな額縁が少し斜めになった感じで架けられている。なかなか凝ったデザインのステージで、開演直後、そこにドラクロワの「民衆を導く自由の女神」と思われる絵が浮かび上がった。さらに舞台中央には、女神が手にしているものに似た、赤いフラッグ。『SEIZE THE DAY』、つまり「自らの手で大きなものをつかみ取ろう」といったメッセージがヴィジュアル面でも明確に打ち出されていた。

 昨年春に新宿ではじめて彼のライヴを観たころは、オーディエンスやメディアの関心が「父親との関係」に集中しすぎているような印象を受けたものだ。まさに老婆心ながらという感じで少々心配してしまったのだが、東京国際フォーラムの客席はどの曲にも同じように反応していた。途中、裕哉のヴォーカルが途切れると(歌詞忘れ?)すぐにファンが歌いはじめるというハプニングもあり、正直なところ、驚かされた。

 父親が大きな存在であっただけに、彼が大切にしていたことを受け継ぎながら、自分らしい作風、声、サウンドを手にするまでにはいろいろと葛藤や悩みがあったに違いない。昨年夏出版のメモワール『二世』(新潮社)でも少なからず触れられていたポイントではあるが、もうその壁は乗り越えてしまったようだ。年末には弾き語りのツアーが予定されているそうで、最初のフル・アルバムの構想も、すでに固まっているのかもしれない。

 尾崎裕哉とは、11年の2月、ある音楽イベントの取材ではじめて会い、その後、13年春から15年春まで、ちょうど大学院で学んでいた時期にインターFMでパーソナリティを務めた『BETWEEN THE LINES』という番組をスーパーヴァイザー的な立場で手伝った。

 ニール・ヤングの「WORDS/歌う言葉」の歌詞からタイトルのヒントをいただいたこのプログラムは、新旧・有名無名を問わず広い意味でのロックの分野から選び出した1曲を裕哉自身が日本語に移し変えて(単純な翻訳ではなく、解釈といったほうがいいかもしれない)、その文章を朗読し、テーマにあった曲を何曲かかけるというもの。


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