急性期治療は一段落したため、7月下旬、系列の病院に転院した。安定的に栄養補給するため、胃に穴を開けチューブで栄養を入れる「胃ろう」をつけた。

■入院中を支えた「退院したらやりたいことノート」

 松本さんは言語聴覚士(ST)らの支援で、口から食べられるようにする「嚥下(えんげ)訓練」など、リハビリに懸命に励んだ。典子さんによると、嚥下訓練のときに一度誤嚥(ごえん)性肺炎になったが、STらは嚥下訓練に再チャレンジさせてくれたという。

 このころの気持ちを松本さんは、こう振り返る。「これだけやってもらって、俺がやらないわけにいかない」

 入院中、松本さんがひそかにやっていたことがある。それは「自宅に帰ったら、やること」を箇条書きにすることだ。行きたいところ、会いたい人、食べたい物……。例えば「ムール貝のおいしい、レストラン◯◯に行きたい」と具体的に書いた。まず「家に帰る」という強い意志を持つことが大事だという。

 退院が近づくと、洋子さんと典子さん、次女和子さん(44)は、主治医と、今後のケア方針などについて話し合った。「もしかしたら、もう口から普通に食べるのは難しいかもしれない」。家族3人は、そう考えていた。

■胃ろうの後、再び口から食べられるようになった要因

 松本さんは同年11月に無事退院、在宅で鶴見区内の訪問看護ステーションの訪問を受け始めた。ケアマネジャー兼訪問看護師の栗原美穂子さん(51)らが関わった。

 退院当初は、ベッドにほぼ寝たきりの状態で、要介護5。食事は胃ろうからとった。栗原さんは、口から食べるための支援に力を入れようと、区内でネットワークを結ぶ鶴見大学歯学部助教の飯田良平さん(44)に、のみ込み機能の評価を依頼した。大学病院で内視鏡検査をした結果、のみ込み機能は比較的よかったため、「今の『刻み食』から、段階的に通常食に近づけてもよい」という評価だった。

 訪問看護師は、飯田さんの助言を受けながら、誤嚥しにくいような食べ方を指導した。口の周りの筋肉などを鍛える「嚥下体操」も続けた。そして徐々に口から通常食を食べられるようになり、2013年10月に胃ろうを抜いた。

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