最も身近にいた妻洋子さんの献身ぶりはすごかった。刻み食の調理法を学び、胃ろうの管理を毎日した。毎朝、一緒に嚥下体操もした。それらを2人の娘たちが支えた。

 もちろん栗原さんや訪問看護師、家族の力だけではない。松本さん自身の力も大きかった。体調の自己管理は徹底していた。退院直後から毎日、現在に至るまで「バイタルチェック表」をつけている。体温、体重、せきやたんの量、嚥下体操をしたか、歩いた歩数、3食のメニュー、来客者や活動内容……。これまで約4年半分の記録が、分厚いバインダーにとじてある。

「最近、熱が高いから、体調に気をつけよう」「もっと歩かないと」。松本さんは、これを見ることで、自身の体調管理をしてきた。

 栗原さんは「ここまで回復した例は、かなり珍しい。松本さんの負けず嫌いの性格が幸いしたのだと思います」と、「復活」の要因を挙げる。歩くときも頑張りすぎるので、栗原さんは「もっと休憩をとるように」と助言したほどだという。

 一方、飯田さんの分析はこうだ――。急性期に胃ろう造設がされた後、口から食べるためのリハビリが引き継がれず、食べられる可能性のある人が、長期間胃ろうをしたままお楽しみ程度のプリンしか食べていない、というケースが多い。在宅になっても、病院での嚥下機能評価に基づきリハビリすれば、松本さんのように回復するケースは少なくない。

 松本さんの日々の努力と周囲のサポートで、要介護度も年々改善していった。退院直後は要介護5だったのが、2013年8月には要介護2に、2016年2月には要介護1、同年8月には要支援2と、階段を昇るように回復していった。

■お世話になった人への恩返しで、介護関連の資格を六つ取得

 私は、要介護2だった2015年2月に、松本さんを取材させてもらった。このときは、取材中に何度もせき込み、たんを吐き、苦しそうだった。ところが、今年5月に取材したときは、2時間半ほどの取材で、一度もせき込むことはなかった。しかも、当日気温30度近い暑さの中、自宅から数百メートルあるバス停まで迎えに来てくれた。その回復ぶりに、私自身驚いた。

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