「ZARDの映像はほかのアーティストとはまったく違う発想で作りました。通常はテーマありきで撮影を行います。コンテを作って、スタート! アクション! の合図で始める。映像企画の枠にはめるためです。一方、坂井さんの場合は、自然な姿を長時間撮影して、長戸プロデューサーが全ての素材に目を通し、ZARDのイメージに合った部分のベストカットを選び、その映像を軸に全体を構成していきます。スタート! アクション! はなし。坂井さん自身の映像が決まったら、その間を海や青空でつないでいきます。CGを使うことも基本的にありません。映像には意味を持たせないんです。曲とともに本人のイメージがリスナーの意識に残ることが最重要でした」

 これは「揺れる想い」のころから定着していった手法だ。

「初期は岩井俊二さんをはじめ、映像やスチールも著名な方々が撮っていましたが、坂井さんは緊張して、本来の自然な姿にならないのです。それで、社内スタッフが担当するようになった。私が参加した頃はすでに、自然体の坂井さんを撮影するという共通認識がスタッフ内にありました。カメラマンやディレクターは作品性を意識しない。主観を入れない。そこでなにかしらの自己実現を試みない。徹底していました。坂井さんのカラーは青ということも共通認識だったと思います。自然に全員が感じていたのでしょう」

 後年に1度だけ、実験的な試みを行っている。

「真夏のニューヨークで、当時最先端のメーク、ファッション、映像のスタッフを現地で集めて大掛かりに撮影しました。米国スタッフに坂井さんの音楽だけ聴いてもらって、あとは任せました。私はロケに参加していませんが、編集はおこなっています。坂井さんはかなり濃いメークをし、撮影に臨みましたが、その映像と写真はZARDのイメージとかけはなれていてボツになり、当時はほとんど使われませんでした。ただ、坂井さんも楽しそうに撮影していたのでその様子をファンの方に見ていただこうということで、坂井さんが亡くなってから長戸プロデューサーの意向で未発表動画として公開するようになりました。でも本当に坂井さんは素で十分にきれいです。メークに凝ると、アーティストというよりも、モデルさんのようになってしまいます」

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