体調を崩したZARD・坂井泉水がウエディングドレスを着たがった理由

永遠の歌姫 ZARDの真実 第6回

永遠の歌姫ZARDの真実

2017/06/04 07:00

「水族館で撮影をしたい」

 坂井さんのリクエストがスタッフに伝えられ、伊藤氏たち映像チームと、スチール写真のチームはさっそくロケハンを行った。

「しながわ水族館で、いよいよ撮影だ! という雰囲気になったけれど、直前に中止の連絡が来た。坂井さんの体調がよくないということでした」

 2007年5月26日、坂井さんは病院のスロープから落下して脳挫傷となり、27日にこの世を去った。

「日曜日でした。上司から電話で知らされました。翌日は、カメラをもって病院へ行きました」

 しかし、伊藤氏は撮影できなかった。

「撮る気持ちになどなれません。ショックで、頭の中が真っ白な状態でした。病院に着くとすでに会社の人が集まっていて、でも、誰もひと言も発しなかったことを覚えています」

 葬儀も、伊藤氏は会社の指示で、喪服でカメラを持って参列した。

「平常心ではいられずに、でも役割なので、カメラは回しました。自分でも何を撮っているかわからずに。つらかったこと以外、あの時の自分のことはほとんど覚えていません。撮影した葬儀の映像は、後日チェックしました。どこを撮っているのかわからないような画でした。この仕事に就いてから、あんな経験はほかにはありません」

 伊藤氏が坂井さんと出会ったのは1993年。ZARDがデビューした2年後だった。

「私がテレビの制作会社からビーイングに移って間もないころのことです。ほかのアーティストの映像チェックで、長戸大幸プロデューサーの部屋に呼ばれました。その時に坂井さんもいらっしゃった。『負けないで』リリース直後のことです。坂井さんと長戸プロデューサー2人を前に、私は緊張しがちがち固まっていて。何を話したか、どんな動きをしたか覚えていません。坂井さんについては、きれいな女性、大きなオーラを感じました。彼女は、あの日の私の緊張したカクカク動く動作がよほど印象的だったらしく、時々まねされました(笑)」

 坂井さんとの初仕事は「揺れる想い」のプロモーション映像だった。

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