有森:いや、すごくややこしかったと思いますよ(笑)。いつも質問に来るから、面倒くさかったでしょう。ただ、そうやって関係ができるなかで、だんだん私を意識してもらえたんだと思います。最初は「マネジャーにしようか」と思われていたところからのスタートだったけど、自分の態度でチャンスを引き寄せたのかもしれません。

大平:ビジネスの現場でも新規事業などにふさわしい人材は、前向きで、登るべき山が見えていて、そこに努力ができる、という三つの要素がある人だと言われます。チャンスを引き寄せて、イノベーションを起こしていくのは、前向きで行動力がある人。有森さんにはその熱量を感じます。

■自分にしかできない仕事を求めて

大平:アスリートの方々は、引退直後は燃え尽きたり、将来を不安に感じたりするのでしょうか。

有森:いろいろだと思います。私の場合は、マラソンを好き嫌いでやっていたわけではなく、自分の持っている力を100%発揮して生きていたいと思っていて、たまたまそれがマラソンだった。だからオリンピックのメダリストという一つの目標に到達したときも「次は何をやろうかな」という気持ちでした。

大平:引退後、スポーツを通じて開発途上国の子どもたちやハンディキャップのある人たちのために活動をしている「ハート・オブ・ゴールド」の代表理事や「スペシャルオリンピックス日本」の理事長を務めたり、スポーツ選手をマネジメントする会社を作ったりと、スポーツを軸に広く活躍なさっていますね。

有森:声をかけていただいて「自分が必要とされているのなら」と関わってきたことの積み重ねです。私は「頑張りたい」と思っている人を頑張らせたいんですよ。国連などの仕事を通じて、スポーツが持つ力の大きさを教えてもらいました。まさに自分がずっと夢見てきた「自分が持つ力を最大限生かして、世界で活躍したい」という気持ちにぴったりとあてはまったんです。

大平:「イノベーションのジレンマ」という言葉が経営学にあります。大企業が成功した事例にとらわれてしまい、かえって対応を誤ることを指しますが、有森さんは現役時代から、的確にシフトチェンジをなさっているようにお見受けします。

有森:スポーツという自分の軸があるから、変わっていくのを恐れないで、過去にとらわれずに環境に応じて変革していけるのかもしれませんね。

大平:今後の有森さんの目標とは。

有森:これからも対象や現場を問わずに、自分が求められていることや、やることで誰かが喜んでくれること、そして関わった環境を発展させるようなことをやっていきたいです。

(聞き手/大平貴久[TVS]、構成/矢内裕子)

※『イノベーションファームって、なんだ?!』より