吉川晃司が到達した「吉川晃司らしさ」とは? (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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吉川晃司が到達した「吉川晃司らしさ」とは?

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ツアーファイナルの舞台となった東京体育館は、1964年の東京オリンピックの際に水球競技が行われた場所でもあった。吉川にとって、ここでのコンサートは初めて(Photograph:Shinji Hosono、Shigeru Toyama[STARMINE])

ツアーファイナルの舞台となった東京体育館は、1964年の東京オリンピックの際に水球競技が行われた場所でもあった。吉川にとって、ここでのコンサートは初めて(Photograph:Shinji Hosono、Shigeru Toyama[STARMINE])

 また、今回のツアー期間には、想定外の出来事もあった。32年ぶりにオリンピックへの出場権を勝ち取った水球日本代表チーム「ポセイドンジャパン」から応援ソングの依頼を受けたのだ。逼迫(ひっぱく)するスケジュールのなか、吉川は楽曲制作に臨む。こうして完成した「Over The Rainbow」は、吉川にしか表現し得ないものとなり、東京体育館でのファイナル2日間のみ、アンコールの1曲目として披露された。

 アンコールのラストを飾った「Dream On」も映画の主題歌として作られた曲であり、その点では「Over The Rainbow」と通じるものがあるのだが、それぞれ、オーダーに応えつつも、見事なまでに「吉川晃司らしさ」にあふれているのが素晴らしい。吉川がもともともっていた人生観に加え、近年のさまざまな経験が血肉となり、作品にいい形で反映されているのだろう。そして、それを表現する歌声にも、磨きがかかっている。ボーカリストとして、音域が広がり、声量も増しているいま、ようやくイメージに近い形で“歌える”ようになってきた、というのが本人の弁だ。

 こういったあらゆる要素が相まって、冒頭に挙げた「いい年齢の重ね方」という印象につながっているように思う。ビジュアル面だけではなく、技術や内面的な部分での成熟も感じられるからこそ、吉川へ熱い視線が集まっているのだ。「ブレない」と評すれば「ガキのままで、変われないだけ」と答え、「こんな吉川晃司が見たい」と期待を寄せようものなら「俺はひねくれ者だから」と、それを敢えて裏切っていく。だが、それは案外、現代を生きる人々が「こうありたい」と望みながらも決して簡単にはたどり着けない、新しい「理想の大人像」ではないだろうか。そう言ったら、これもまた、本人は笑って否定するに違いないけれど。(取材/用田邦憲)

※アエラスタイルマガジン33号より抜粋


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