国民栄誉賞・伊調馨 まさにサムライ…満身創痍の「レスリング人生」を振り返る (2/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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国民栄誉賞・伊調馨 まさにサムライ…満身創痍の「レスリング人生」を振り返る

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リオ五輪で女子では史上初の五輪4連覇を達成した伊調馨。(写真:Getty Images)

リオ五輪で女子では史上初の五輪4連覇を達成した伊調馨。(写真:Getty Images)

 日本の女子レスラーの練習は量も質も豊富なことで知られている。以前、中国の高校生選手に日本の女子高生レスラーたちの平均的な一日のスケジュールを伝えたところ「いつご飯を食べているの? いつ休んでいるの?」と驚かれたほど学業と練習で一日が埋まっている。初めて世界チャンピオンになったとき高校生だった伊調も、「ゆっくり眠りたい」「大学生になったら今より休めるから、早く進学したい」とよく言っていた。そんな過密スケジュールで暮らしながらも、友人から借りた少女マンガを読んでは「自分の高校生活とは違うなあ。ちょっとがっかりするけど、まあ、いいか」と乙女心を少しだけ満たしていた。

 目標にしていたのは「千春(姉)と一緒に世界一」「千春と一緒に五輪の金メダル」だった。一緒に世界一になる目標は2003年にニューヨークで叶った。次は2004年アテネで五輪の金メダルを一緒にとるために、ただでさえ長い練習をさらに居残る毎日を積み重ね、女子レスリングが初めて五輪の公式種目になったアテネ五輪に挑んだ。ところが、姉は決勝で敗れ銀メダルに。これから自分が決勝戦へ挑まねばならないときに動揺していると、姉が駆け寄り「馨は大丈夫」と声をかけていった。落ち着きを取り戻し、一つ目の五輪金メダルを手にした。

 それから4年後、2008年北京五輪も「千春と一緒に五輪の金メダル」を目指し、2個目の五輪金メダルを手にした。ところが、姉はまたもや銀メダル。五輪の試合でケガをしたこと、限界までやりきった思いが強すぎたことなどが重なり、一夜明け会見では姉妹そろって「これが最後の試合」と素直な気持ちを表明し、引退かと騒動になった。


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