勝利よりも内容にこだわると言い続ける伊調だが、今年1月末にロシア遠征で13年ぶりに公式戦で敗れたのをきっかけに、思っていたよりも周囲が自分の勝利を楽しみにしてくれていることに気づいた。それ以来、2014年に亡くなった母・トシさんなら、どう言うだろうかと思い浮かべながら過ごした。そして、「今回は勝ちにこだわります」と口にし始めた。しかし、その決意は今までにない緊張をもたらした。

 緊張だけでなく、リオ五輪での伊調の身体はロシア遠征で傷めた首を中心に満身創痍だった。試合後に客席で迎えた父から尋ねられると「全部(全身)が痛い」と漏らすほどの状態でありながら、不安も不満も、一言も口にしなかった。4年前のような圧倒的な差を見せつける試合はできなかったものの、勝利への執着心は誰よりも強かったのだろう、決勝は試合終了まで残り4秒からの逆転勝ちだった。4つめの五輪金メダルは、決勝戦の内容に対する悔しさもあり、10度の世界選手権優勝とあわせてなかでも、もっとも印象深いものとなった。

 9月13日、国民栄誉賞の授与が閣議決定されたことを受けて開かれた記者会見で伊調は感謝の言葉を述べ、「自分の人生をこれまで以上に考えていかなければならないと、身が引き締まる思いです」と続けた。2020年東京五輪まで現役を続けるのかという質問には「東京で五輪というのは特別なこと」としながらも、明言は避けた。

 リオデジャネイロでの世界レスリング連盟(UWW)主催の会見で、ラロビッチ会長から5連覇を目指してほしいと耳打ちされたように、世界中が伊調の記録を期待するような状況だ。しかし、彼女をそばで見ている日本レスリング協会の福田富昭会長が「とにかく、今は休んでほしい」と言うほど、彼女の身体はしっかりしたメンテナンスが必要な状態だ。今後について決めるまではしばらく時間がかかるだろうが、どんな結論が出ても祝福されるだろう。(文・横森綾)