だが今回は日本選手権という大舞台で、五輪代表もかかった戦い。「勝って代表を決めたい」と強く思えば思うほど、その重圧は大きくなる。その神経戦ともいえる戦いで最初に躓いたのは桐生だった。好スタートを切った山縣に対する力みが痙攣につながり、うまく加速できなかった。

 だが中盤で完全に抜けだして優勝を自分のものにしたかと思えた山縣にも、重圧は襲いかかった、優勝を意識した終盤になると体が固まる走りになった。その間隙をついて0秒01差の10秒16でゴールしたのが、5月の東日本実業団で10秒10を出してダークホースとして踊りだしていたケンブリッジ飛鳥だった。

 ケンブリッジは「緊張も無く、イメージ通りの走りができた。トップスピードに乗る前に抜けると思った」と会心の笑みを浮かべた。山縣は「決勝は一番いいレースだった。それでも結果が伴って来なかったのは、まだ自分の力が足りないということ」と唇を噛みしめた。そして日本陸連の派遣設定記録10秒01をすでに突破していたことで代表が内定した桐生は、「こんな形で五輪を決める予定ではなかった。ものすごく悔しい」と涙を流した。

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