ドラえもんの“ふるさと”へ! 富山県高岡市に「藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー」がオープン (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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ドラえもんの“ふるさと”へ! 富山県高岡市に「藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー」がオープン

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高岡銅器で制作したドラえもん(C)藤子プロ

高岡銅器で制作したドラえもん(C)藤子プロ

企画展示「原画展 大長編ドラえもん」(C)藤子プロ

企画展示「原画展 大長編ドラえもん」(C)藤子プロ

ギャラリーの入り口は「どこでもドア」(C)藤子プロ

ギャラリーの入り口は「どこでもドア」(C)藤子プロ

 漫画『ドラえもん』の「生みの親」、藤子・F・不二雄さん(本名・藤本弘、1933-96年)が、少年時代を過ごした富山県高岡市に「藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー」が12月1日、オープンした。

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 見どころは、手塚治虫に憧れてペンを走らせた10代のころに手作りした漫画雑誌や投稿作品。「子どものころは、のび太でした」と語る藤子さんの少年時代、心の中にはすでに、のちの作品につながるアイデアの種があった。さあ、「ドラえもんのふるさと」へ行ってみよう!

 ギャラリーの入り口は、大きなピンクの「どこでもドア」。中に入ると、藤子さんが中学生時代に作ったものを再現した幻燈機が、思い出の写真やコメントを集めた映像を、「ふるさと高岡の記憶」として上映している。この幻燈機で紙芝居や、絵巻物を写して友人たちを喜ばせていたらしい。のちのテレビアニメや映画につながる夢の原点である。

 手作りした漫画雑誌『少太陽』や冊子『妖怪島』は、高い完成度だ。「続編を見よ」という表記があるなどと細部にまで凝っている。連載を想定して描いているあたり、すでに並々ならぬプロ意識が感じられる。これらを見ながら、藤子さんの長女、土屋匡美さんに話を聞いた。

「私の息子は16歳と18歳。祖母の家の押し入れから見つかったというこれらの冊子を見ていると、今の息子たちの年代の父と会っているようで不思議です。多感な少年時代の、娘の私も知らない父がここにいます」
 
 トレードマークだったベレー帽やカメラ、ペン、上京した際に持って行ったとされるトランクなど、愛用の品も並び、土屋さんは懐かしさが込み上げてきた様子だった。

「ドラえもんコーナー」では、作品の中で故郷を題材にした部分を抜き出してある。例えば、のび太のママが、「硬いごはん」を「こわいごはん」と富山の方言で話している箇所などである。藤子さんがのび太の母に、自身の母親像を重ねて描いたのかもしれない。ふるさとのギャラリーならではの展示である。

 そこに、藤子さんとのび太の風体をした「いかにもコアなファン」という二人組が……声をかけると、お笑いユニット「藤子FA宣言隊」の富子山雄さんとまーぼーさんとのこと。2人は藤子不二雄作品のキャラクターになり切ったコントが売りだという。YouTubeで公開しているネタは70本以上とか。その内容について聞いてみた。


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