広島の基町高校で7月1日に開かれた原爆の絵制作完成披露会。絵を共同制作した被爆者と生徒が説明(photo 写真映像部・東川哲也)
右は被爆者の笠岡貞江さん(89)。笠岡さんの体験を絵にした広島市立基町高校3年の田邊萌奈美さん(左)は、昨年も笠岡さんの体験を描いている(photo 写真映像部・東川哲也)
毎年、「原爆の絵」プロジェクトに取り組む基町高校普通科創造表現コースの生徒たち。被爆者と仲間の生徒の話をしっかりと聞いていた(photo 写真映像部・東川哲也)
切明千枝子さん(中)は、大やけどを負った叔父を探しに行った病院で出会った、母とはぐれた幼い女の子のことがいまも忘れられない(photo 写真映像部・東川哲也)
「おびただしい遺体」飯田國彦。被爆翌日、住吉橋の袂は被爆者で凄絶な状況(制作・サンガー梨里)(photo 写真映像部・東川哲也)
「登校途中、アメリカ兵に出会った」笠岡貞江。戦後、学校に行く途中、米兵に出くわした恐怖(制作・田邊萌奈美)(photo 写真映像部・東川哲也)
「お母ちゃんを探して!」切明千枝子。はぐれた母親を必死で探す女の子に出会った(制作・福本悠那)(photo 写真映像部・東川哲也)
「つまずいたのは炭化した幼児だった」切明千枝子。瓦礫だらけの街で炭化した幼児の身体につまずいた(制作・山口伶)(photo 写真映像部・東川哲也)
「戦後の食糧難を乗り切る為に」瀧口秀隆。戦後の食糧難。母親は畑を作り野菜を作った(制作・久保田葉奈)(photo 写真映像部・東川哲也)
「お骨が入った紙袋」八幡照子。避難所である運動場に遺骨の入った紙袋が運ばれた(制作・川畠芽衣)(photo 写真映像部・東川哲也)
「東練兵場に設けられた救護テントで目にした若い娘さん」山本定男。救護テントで大やけどの若い女性が治療を受けていた(制作・伊藤早利)(photo 写真映像部・東川哲也)
「東練兵場近くの道端で亡くなっている兵隊さん」山本定男。練兵場の道路沿いで、兵士が被爆し、亡くなっていた(制作・日高乃愛)(photo 写真映像部・東川哲也)
「爆風で吹き飛ばされて」瀧口秀隆。家の外にいて原爆の爆風で吹き飛び気を失った(制作・寺西栞理)(photo 写真映像部・東川哲也)
「不気味な閃光」八幡照子。原爆投下で不気味な閃光が。その後意識を失う(制作・香川凪)(photo 写真映像部・東川哲也)
「父の友人の変わり果てた姿」八幡照子。不明の父の親友の頭蓋骨が見つかり、皆で拝んだ(制作・大原萌里)(photo 写真映像部・東川哲也)