移植とともに歩んできた医師生活。支えたのは、「子どもを救う」というその一心だ(撮影/MIKIKO)
平日も休日も忙しく動き回るのは昔から。87年に大阪大に戻ったころはアパートに帰るのが月1~2回だった。2歳の娘に「また来てね」と言われたことも。それでも家族への思いは忘れたことがない(撮影/MIKIKO)
医療関係者の講習会で臓器・組織提供時のECMO使用法を実演する。実は実習中ミスがあり、福嶌は講習会後、長文のメールで原因を示し参加者に謝罪した。その誠実さも医療者としての福嶌を表している(撮影/MIKIKO)
千里金蘭大学看護学部の教壇に立つ。日本にチャイルドライフ・スペシャリストの資格をつくり、育成するのが今後のテーマの一つ。同大は看護学部と教育学部を抱え、取り組みの場に最適だと話す(撮影/MIKIKO)
大学の研究室で昼食を掻き込む。いま、最も注力するのは重症患者をジェット機で搬送する仕組みづくりだ。11月からは試験運航のためのクラウドファンディングにも取り組み始めた(撮影/MIKIKO)