

うまくいかなかった2度の手術。「もう完全に治ることはない」と医師は言った。「1年後の生存率1割」を覚悟して始まったがん患者の暮らしは3年目。46歳の今、思うことは……。2016年にがんの疑いを指摘された朝日新聞の野上祐記者の連載「書かずに死ねるか」。今回は「むすんでひらいて」。
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「できる記者っていうのはね。目が動かないんだよ」
目が動くと、相手は「大事なことをしゃべってしまった」と思って口をつぐむから――。父親ほどの警察官からむかし言われたことを連載の初回に書いた。
だが、動かすまいと意識するほど目はキョロつく。そこで生かしたのが、入社試験の受験生に作文で「野上は目が細い」と書かれた目の細さだ。相手に向かって心の中を映し出す窓を閉じてしまえばいい。笑顔の体(てい)で目を細めることにした。それを新入社員に研修で話したら、それなりにウケた。
閉じるといえば、その研修ではノートの「取り方」ではなく「閉じ方」も話した。取材の中身によってはノートを開いていると相手が身構え、口が重くなる場合がある。そういう時は「ありがとうございました」と言ってノートを閉じる姿を見せ、雑談に移ってから、リラックスした相手に聞きたいことを尋ねる。極端に言えば、閉じるために開いておくのだ、と。これも数年後、政治部で同僚になった参加者から「印象に残った」と言われた。
最近読んだ漫画『ハコヅメ』(泰三子)に、メモをとろうとした若手警察官がベテランから「刑事は人の話を聞く時メモはとらん」と注意される場面があった。「記録されていると言えないコトも小道具なしに向き合えば話してもらえることもある。若い刑事は便所に駆け込んでメモをとったりするもんだ」
どの世界も同じらしい。
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開く、閉じる。
閉じて、開く。
なにかに似ていると思ったら童謡「むすんでひらいて」だった。
作曲は18世紀フランスの思想家、ジャン・ジャック・ルソー。
ミーミレ、ドードー
レーレー、ミレドー
そう始まるメロディーは彼が作曲した歌劇「村の占師」の一部とされる(作詞者不明)。