それまで僕は、30年くらい同じ髪形だった。同じ髪形というか、基本、仕事の時以外は整髪料は一切使わず、洗って乾かしたらハイおしまい。スタイリング無縁のほったらかし。なので、「たまには冒険してみるのもいいかな」くらいの軽い気持ちでパンチパーマにしたのだが、甘かった。冒険にも程があった。インディ・ジョーンズだって「ちょっと今回の冒険、やめとくわ~、うん、パス、今回インディ、パス」となるんじゃないかくらいの冒険だった。いまパンチパーマが伸びに伸び、僕の頭は巨大なカリフラワーのようになっている。ただでさえ僕は、顔が小さくない。ハッキリ言えば、むっちゃ顔が大きい。3頭身くらいだ。ちょまて。ドラえもんじゃないんだから、せめて5頭身くらいかな。とにかく、尋常じゃないくらい顔が大きい。そこにもってきて、巨大カリフラワーだ。どうしようもなく顔面の面積が膨れ上がった今の僕は、もはや人というより、顔だ。人がコラムを書いているのではない。顔がコラムを書いているのだ。たとえば遠くからアナタに向かって僕が歩いてくるとする。きっとアナタはまず、「おや?向こうから顔が歩いてくるぞ」と思うだろう。近づくにつれ、「いや待て!顔が歩いてるんじゃない…人だ!人間が歩いてるんだ!」と気付く。そして更に近づいて、ようやく佐藤二朗と認識するだろう。顔→人間→佐藤二朗の順だ。佐藤二朗である前に人間であり、人間である前に顔なのだ。もう俺、芸名「顔」にしようかな。「出演・顔」。いいかも。新しくていいかも。あ、どうせなら、表記を「KAO」にしよっかな。ハリウッド進出しちゃうかも。あと、そこのアナタさ、黙って読んでないで僕を助けなさい。
まぁでも、良いこともある。今まで僕は帽子に興味がなく、たま~に被るとしてもキャップ一辺倒だったのだが、今回のことで帽子をいろいろ物色し、生まれて初めてハットを買った。麦わら帽子みたいなやつ。カールおじさんと紙一重な訳だが、これが案外、「二朗さんに合いますよ」とおおむね好評なのだ。冒険をしてみると、思わぬ良いことがあったりもする。
AERA dot.の読者諸兄。もし街中で、向こうから顔が歩いてくると思ったら、恐らくそれ、僕です。僕か、モヤイ像です。モヤイ像はあんまりその辺を歩いてませんから、やはり僕です。怖がらずに気楽にお声掛けくださいね。(文/佐藤二朗)