生命や身体の危険につながる可能性がある場合には、市区町村に対して住民基本台帳事務におけるDV等支援措置(以下「DV等支援措置」)を申し出て、加害者からの「住民基本台帳の一部の写しの閲覧、住民票(除票を含む)の写し等、戸籍の附票(除票を含む)の写しの交付」の請求・申し出があっても、これを制限する(拒否する)措置を受けることができます。現在、この制度を利用しているのは、全国で約11万人ですが、潜在利用者はこの数倍ともいわれます。それは、A子さんのように情報が漏れてしまうケースが相次いでいるからです。

 2012年に神奈川県逗子市で起きたストーカー殺人事件は、被害女性がこの“DV等支援措置”制度を利用していたにもかかわらず、おきてしまった非常に悲惨で残念な事件です。この加害者は被害女性に対してストーカー行為を繰り返し、警察も役所も被害を把握していたはずなのに、警察と役所の双方が被害者の情報を加害者の依頼人に漏えいしたことが事件につながってしまいました。先日、ご遺族からお話をうかがう機会がありましたが、いまもなお、後悔や自責の念を抱えているということでした。逗子市役所と被害者ご遺族には大きな意識の溝があると感じました。

 さらに今年の4月にも東京都足立区で、役所が元夫の弁護士に被害者の戸籍謄本を誤発行してしまう事件がおきました。さらについ先日も、岐阜県関市が妻の現住所が記された児童手当に関する書類を夫のもとに誤送付したと報道されました。このようなケースは後を絶ちませんし、ほとんどは被害者が泣き寝入りするしかありません。

 内閣府の調査(2017)では、DV被害経験のある人のうち、実際に加害者と別れた人はたった10.8%です。被害者が加害者から離れるにはとても大きな決意が必要です。やっとの思いで加害者から離れられても、加害者からの追跡におびえ、住民票を移すことができません。そのためアパートを借りられない、定職に就けない、銀行口座を開けない、新しい携帯電話を契約できないなど、さまざまな不便や負担を負うことになり、生活再建への道のりは険しくなります。「特別扱いしてほしいわけではなくて、私はただ普通に暮らしたいだけなんです」(A子さん)という被害者の声は少しずつ大きくなってきています。

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「依頼者の証明書類」を求める自治体は