2度目の東京オリンピックが行われる2020年のメモリアル・イヤーの大河ドラマは、戦国時代を初めて4Kでフル撮影する「麒麟がくる」とNHKが発表した。
池端俊作のオリジナル脚本で主人公は明智光秀、演じるのは「八重の桜」で大河に初出演した長谷川博己。NHK広報によれば、「従来とはまったく異なる新しい解釈で英雄たちを描く、まさしく“大河新時代”の幕開けとなる作品。大河ドラマとしては初めて智将・明智光秀を主役とし、戦国のビギニングにして“一大叙事詩”」、になるという。
“戦国のビギニング”(始まり)といわれても過去57作品中に織田信長18回、豊臣秀吉16回、徳川家康は22回も登場しているのだから、新鮮味には乏しい。しかしながら、「大河ドラマとして初めて智将・明智光秀が主役」というところは確かにビギニングになるかもしれない、と思う。
さて、今回取り上げるのはその「麒麟がくる」と時代的・物語的にもろに重なる1992(平成4)年の大河第30作目、「信長 KING OF ZIPANGU」だ。信長が登場する大河はこれで9作目だが、主人公になるのは初めてのこと。
八木雅次チーフ・プロデューサーは、「国際的な視点を意識して戦国の英雄・信長ではなく16世紀の東の島国ジパングの王」として信長を捉えて、“世界史の中の信長”の造形を目指した。
脚本・演出は、大河歴代最高の視聴率を誇る「武田信玄」(39.2パーセント)のコンビ、田向正健と重光享彦。ふたりは「武田信玄」を超えたいとの思いを秘めて、当時の日本へ宣教師として上陸したポルトガル人のイエズス会宣教師ルイス・フロイスの「日本史」をベースに信長とその時代を描こうと試みた。
信長を演じたのは大河二作目の「太閤記」で秀吉に扮して絶賛された緒形拳の愛息、緒形直人さん。彼は当時のことを次のように回想する。
「デビューして3年、23歳でしたから、かなりの重圧でもがき苦しみました。芸歴からいってもお断りするのは簡単でしたが、『飛ぶが如く』でご一緒した西田敏行さんを始めとする錚々たる共演者たちの本物の演技に接したときの感動が忘れられず、お受けしました。長いトンネルの先にきっと何かがある、何かをつかむことができると信じ、悩み抜いて答えを出しました」
それまで大河では、高橋幸治(2回)、杉良太郎、高橋英樹、藤岡弘、(2回)、石橋凌、役所広司が信長を演じた。しかし、あくまでも脇のキャラクターで主役ではなかった。緒形さんの言葉からは、初めての主役、初めての主演に挑む23歳の青年の栄光と苦悩が伝わってくるかのようだ。
「それまで講談、小説、舞台、映画で様々な織田信長が描かれてきましたが、そのほとんどは豪快さを前面に出した戦国時代の覇者というイメージが強かったと思います。脚本の田向正健先生から“信長に関する資料は一切読まずに、脚本だけを頼りに演じてほしい”と言われたのでそれのみに集中して掘り下げました。数々の裏切りに合い、母親や兄弟との絆に疑問を抱き愛に飢えた人、その感情を反動として権威や常識を新しい感性で打ち出していくセンシティブな内面を持った静かな改革者として信長を演じました」
緒形信長は、内省的な苦悩を秘めた信長になり、それまでの信長イメージを一新した。
撮影は岐阜県と岐阜市が四億五千万円の巨費を投じて岐阜市郊外に作った岐阜城、那古野(なごや)城、清洲城の大河史上最高のオープンセットで行われた。
撮影初日、荒縄を腰に巻き瓢箪をぶら下げた“うつけ者”姿で信長に挑んだ緒形さんをメディアは、「昨日はよく眠れなかったが、撮影に入ったらリラックスできた。こんなすごいセットでスタートできてよかった」と伝えている(鈴木嘉一著『大河ドラマの50年』)。
「信長 KING OF ZIPANGU」で新しく造形された信長像が、2020年の「麒麟がくる」でどのように継承されているのか、楽しみに待ちたい。(植草信和)