妊娠中や出産、育児中の働く女性については、制度上、守られてはいる。例えば、労働基準法では、妊婦が請求した場合は他の軽易な業務に転換する、時間外や休日、深夜の労働を制限するなどの母性保護規定がある。労基法は違反すると6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金となる。ほかにも、妊婦健診に行く時間の確保、医師から指導を受けた場合の通勤緩和なども男女雇用機会均等法によって規定されている。育児休業も、本人が望めば取得でき、育休の申し出や取得によって解雇などの不利益な取り扱いをしてはならないとされている(育児介護休業法)。妊娠から出産、育児についての権利はすでにあり、職場にはマタニティハラスメントの防止義務がある。妊娠する前の段階で、「妊娠するな」と言われる、または妊娠待機について暗黙の了解があることは法違反にはならないのだろうか。
労働問題に詳しい東京パブリック法律事務所の板倉由実弁護士は、こう指摘する。
「職場で妊娠の順番について命じられたとしても、直接禁ずる労働法がないため特定の法律に違反しているとは言えない。しかし、労働者には良好な環境の下で能力を発揮して働く権利がある。労働環境整備・配慮義務に違反する可能性はあり、不法行為と言えるケースもあるはず。パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、ジェンダーハラスメントと言え、人格権の侵害にも当たる」
ただ、実際に法に訴えようとしても、費用も時間もかかり、弁護士を探す苦労も伴うわりに慰謝料を取ることができても低額にとどまるケースが多い。司法制度を使うハードルが高く、一般の人が権利を行使するのが難しい。
板倉弁護士は言う。
「日本は他国と比べても女性の働く権利が法律上は整備されている。にもかかわらず、セクハラやマタハラが次々に起こる。ジェンダーギャップ指数(男女格差を示し、0が完全不平等で1が完全平等を指す)が低いのは、法的権利を行使することを躊躇させる制度的な壁があり、違反に対する制裁が極めて軽いということが背景のあるのではないか。訴訟を起こせば職場で孤立してしまうことも多い。一方で、韓国では労働組合に提訴権がある。アメリカでは行政機関が提訴権を持ち、訴訟に参加していない他の労働者にも判決の効力が及ぶ制度もある。日本もそのような制度導入を図り、リーガルアクセスの実効性を問うべきではないか」