前述の裕子さんは、結婚前から早く子どもが欲しいと思っていた。しかし、マタハラなどの知識がないうえ責任感が強く「担任する子どもが卒園する3月までは子どもは我慢しよう」と腹をくくった。そして、「自分が妊娠を避ける間に、もしも他の同僚が妊娠したら、また順番が後になってしまう」という心配もあったが「実際、もしかすると不妊かもしれないし、計算通り都合よくは妊娠しないだろう」とも思え、複雑な心境に陥った。
ところが、夏に子どもを授かったことが分かり、「嬉しい」と思った反面、「しまった!どうしよう……」と慌てた。出産予定日を計算して「産休に入るのは卒園後だ」と胸をなでおろしたが、「園長から妊娠するなときつく言われているから、しばらく隠さなければ」と、暗い気持ちになった。
妊娠初期は悪阻がひどかったが、園長の“お達し”に反してフライングしたため、体調が悪くても休めなかった。園長に知られることを恐れて周囲にも妊娠したことを明かせずにいたため、妊娠中に特有な眠気に襲われると、同僚からも保護者からも「やる気がない」と思われ、精神的にも辛かった。あまりにお腹が張って、出血を伴うと安静にしなければならなかったが、それも言い出せずに、「インフルエンザにかかった」と嘘をついて休んだ。保育所の場合、園児も特定の感染症は一定期間休まなければならない決まりがあり、それは保育士も同じであるため、インフルエンザと言えば休むことができるという苦肉の策だった。
秋口から年末にかけて職場では来年度の担当クラスの希望や退職意向などの調査が行われる。厚着して大きくなっていくお腹を隠していたが、そこでようやく「本当にすみません。実は妊娠したので、来年度は産休に入らせてください」と謝り、妊娠について告げることができた。結婚して間もない他の保育士たちは、裕子さんの例を見ながら、年長クラスを希望せず、担任をもたない「フリー保育士」を第一希望にした。事実上、フリー保育士になった者から次の妊娠の順番が回ってくる格好だ。