ではなぜ投手の体重がこれだけ増えているのだろうか。理由は安定して速いボールをコントロール良く投げるためのピッチングのメカニズムが科学的に証明されてきたことが大きい。下半身が地面から受けた力を効率よく上半身、腕、ボールへと繋げるためには強靭な体幹の力が必要であることは常識となっている。また、一昔前には投手が筋肉をつけ過ぎると鋭く腕を振る妨げになると言われていたが、現在では股関節と肩関節の柔軟性を維持しながら大きな力を発揮するためのトレーニング手法も確立されてきている。そしてプロでも影響力の大きい選手は率先してそのような情報を発信するようになり、チームの枠を超えてレベルアップしていることは間違いないだろう。

 もちろん単純な体重増加がそのまま成績アップに繋がるわけではないのも事実である。イチローは日本からマリナーズに移籍した際に3kg体重をアップしただけで感覚が狂い、元の体重に戻したと話している。また急激な体重アップによって筋力はアップしても、それを支える骨や靭帯がそのパワーについていくことができず、故障に繋がるというケースも少なくない。特に懸念されるのが成長期段階での無理な体重増加だ。甲子園の常連校と言われる強豪校では食事やトレーニングの管理を徹底して行っているチームが多く、大人も顔負けの体格をしている選手も多い。

 しかし、体が成長する時期には個人差があるため、晩成型の選手は高校時代にいくらトレーニングをしても筋肉が成長せずに負荷ばかりがかかり、将来的に不利益になることも少なくないのだ。また、体重増加と金属バットの恩恵で高校時代は活躍できたとしても、大学で木製バットになると途端に打てなくなるケースは非常に多い。きちんとした技術を身につけていなければ、いくら体格が良くても宝の持ち腐れとなることは明らかである。先述した投手についてもそれは同様である。ダルビッシュ、田中将大(ヤンキース)、岩隈久志(マリナーズ)といった選手は高い技術があるからこそ身体的な成長が成績に繋がっていることは間違いない。

 トレーニングや栄養学の知識が広がり、それが選手のパフォーマンス向上に繋がっていることは間違いなく喜ばしいことである。しかし一人一人の体形、骨格、成長速度が異なっていることを無視してしまうと、思わぬ悲劇を招いてしまうことは間違いない。トッププロ選手の傾向に学ぶことは重要であるが、これからの指導者にはそれ以上に選手に合ったやり方を提示する引き出しの多さを持つことが望まれるだろう。(文・西尾典文)

●プロフィール
西尾典文
1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。

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西尾典文

西尾典文

西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から専門誌に寄稿を開始。修了後も主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間400試合以上を現場で取材し、AERA dot.、デイリー新潮、FRIDAYデジタル、スポーツナビ、BASEBALL KING、THE DIGEST、REAL SPORTSなどに記事を寄稿中。2017年からはスカイAのドラフト中継でも解説を務めている。ドラフト情報を発信する「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも毎日記事を配信中。

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