さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版「世界の空港・駅から」。第43回はベトナム・ダラット駅から。
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ベトナムという国には似合わない駅だった。だからだろうか。ダラット駅は観光地のひとつになっていた。
ハノイ、サイゴン、ドンダン、ハイフォン……。ベトナムではさまざまな駅舎を眺めてきたが、どの駅も味気なかった。ビル型の駅が多い。ハイフォンは少し趣があったが、ただ古いといわれれば返す言葉もない。
ベトナムに駅には、ヨーロッパの駅のような気品や建築美があるわけではない。機能重視といったら、それも違う気がする。どこまでも中途半端なのだ。
しかしダラット駅は違う。フランスが建てた駅なのだ。
植民地時代、フランスはダラット周辺に住む少数民族を蹴散らし、避暑地をつくった。標高1500メートル。やはり涼しい。彼らは、川を堰き止めて湖をつくり、湖畔を公園にした。教会を建て、松林のなかに別荘が次々にできあがった。
そして鉄道を建設した。海岸に近いタップチャップ駅から線路を敷き、ダラット駅をつくった。開通は1932年である。
どこかおとぎの国の駅のような雰囲気が伝わってくる。これがフランス人の感性ということらしい。