(c)YOSHIMOTO KOGYO CO.,LTD.
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M-1グランプリに審査員として参加した上沼恵美子さん (c)朝日新聞社
M-1グランプリに審査員として参加した上沼恵美子さん (c)朝日新聞社

 12月3日、漫才日本一を決める「M-1グランプリ2017」の決勝戦が行われた。事前に決勝進出が確定した9組に敗者復活戦の勝者1組を加えた10組がこの戦いに挑んだ。優勝を果たしたのはとろサーモン。芸歴15年の苦労人がようやく栄光を手にした。

【写真】今年のM-1で最もインパクトを残したのはこの人?

「M-1」で戦う芸人にはそれぞれの人生を懸けたドラマがある。中でも、とろサーモンの2人がこれまでに積み重ねてきた苦労は尋常なものではない。なぜなら、彼らはデビュー当初から業界内でその実力を高く評価されていたにもかかわらず、チャンスをつかみきれずにいたからだ。

 コンビを結成してまもなく、彼らは「スカシ漫才」と呼ばれる新しい形の漫才で有名になった。「スカシ漫才」とは、ツッコミ担当の村田秀亮が1人で一方的に話し続け、ボケ担当の久保田かずのぶが何を言っても取り合わない、という形の漫才だ。まくし立てるように流暢にしゃべる村田に無視される久保田が、何とも言えない切ない表情を浮かべて、笑いを誘っていたのが印象的だった。

 このネタで彼らは一気に注目された。2006年には「ABCお笑い新人グランプリ」最優秀新人賞を受賞するなど、賞レースでも結果を残し、『めちゃ×2イケてるッ!』などのバラエティ番組にも出演した。

 しかし、久保田自身は「スカシ漫才」をあまり気に入っていなかった。この漫才における久保田は、理不尽に無視されて途方に暮れるだけのか弱い存在だ。それは久保田の普段のキャラクターとはかけ離れていた。自分が本来持っている性格をネタに生かすことができれば、より面白い漫才ができるのではないか、と考えていた。

 そして、とろサーモンは新たな境地に踏み出した。「スカシ漫才」を捨てて、王道の「しゃべくり漫才」の道を追究するようになった。もともと、とろサーモンの漫才が業界内で高く評価されていたのは、彼らが個々人として並外れてしゃべりが達者だったからだ。しゃべりの達人同士による掛け合いはそれだけで見応え十分だった。「スカシ漫才」という一方があまりしゃべらない特殊な形式の漫才では、久保田のしゃべりの上手さが生かされていなかったのだ。

 久保田のしゃべりには独特の間がある。これを制御するには、高いツッコミの技術が求められる。相方の村田にはその腕があった。天性の勘の良さで久保田が放つボケを丁寧にさばいていき、笑いを生み出していった。

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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しかし、なかなか結果はついてこなかった