その意味では私のコラムも、一種の娯楽かもしれない。そう考えたらつい、おさまりが悪いことも時には書き、読む方に問いかけたい気持ちがわいてきた。
ベッドに寝ていると時々、へそのわきにある人工肛門から便がもれ出す。便と連想するあの匂いはないけど、固形物が混じったどろどろの色水だから、コップ一杯のジュースをこぼしたぐらいの騒ぎにはなる。寝転んだまま両足をあげ、下着とズボンにはき替える。この姿、何かに似ているなと思ったら、小学生のころに飼っていたカブトムシだった。
おがくずの上にひっくり返ったまま6本の足をキシキシいわせる。やがて電池が切れたように止まる姿は将来の私だ。
さて、あなたの死はどうだろうか。
「死」を意識しないですむのは幸せだが、意識してはじめて味わえる幸せもあると痛感する。だから、心地よくはないだろうけど、重ねてお尋ねしたい。
誰もが一つずつ持っている寿命の砂時計。終わりに向かって今もサラサラと落ち続ける、その音が聞こえますか。