

さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版「世界の空港・駅から」。第37回はミャンマーのパテイン駅から。
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雨季に入りかけの弱い雨が降っていた。そのなかで眺めた街並みは、これまで見たミャンマーとは違っていた。
その日、ヤンゴンからバスに乗り、かつてイラワジ川と呼ばれたエーヤワディー川を越えてこの街に着いた。
「川の西岸には、こんな世界が広がっていたのか」
ミャンマーの奥深さに触れた気がした。いや、ただ僕の勘が鈍っていたのか。
パテイン──。この地名を知らない人は多い気がする。僕自身、名前を目にしていた程度だった。しかし規模は小さくない。ミャンマーでは4番目の都市だという。
ミャンマーといえばバガンの遺跡とインレー湖だろうか。そしてマンダレー。外国人が訪ねるエリアは、中部からシャン州方面に集まっている。エーヤワディー川の西岸に足を踏み入れる人はめったにいない。
パテインの街を歩いた。店の上に掲げられた古びた漢字の看板、出窓のある2階建ての古い商家……。ゆったりと茶褐色の水が流れるパテイン川を眺めながら、そこから伝わってくるエキソチシズムが、妙にしっくりとくる。
歴史が息づくアジアの街の多くは植民地時代に発展している。ペナン、マラッカ、ホイアン……。その街並みは保存され、世界遺産というお墨付きをもらって観光客が集まってくる。それほどではなくても、植民地時代を経験した東南アジアの多くの街には、当時のにおいをいまに留めている一画がある。
しかしミャンマーにはそれがない。戦後に独立するまでは、東南アジアの国々と同じような歴史が刻まれていた。植民地にしたイギリスは、ミャンマーをアジアの拠点にしようとしている。ヤンゴンはラングーンと呼ばれ、整備された街は、本国のロンドンをしのぐほどだったという。