僕もその流れに乗った。
バックパッカーたちは香港から列車で広州に向かった。そして広州駅前で天を仰ぐことになる。昼となく、夜となく、夥しい数の天秤棒を担いだ出稼ぎ労働者が、駅前広場を埋めていたのだ。切符売り場ははるか先にあった。
僕もそうだった。駅前の華僑飯店という宿に泊まった。外国人が泊まることができる宿は限られていた。
そこで知り合ったカナダ人と毎日、駅に出向いて溜め息をついていた。
そんな僕らに、ダフ屋が擦り寄ってくる。彼らから切符を買うしか手段がないことは駅に近づくことも難しい雑踏に巻き込まれるとすぐにわかる。
どこか違法のにおいがする切符に手を出すか、出さないか……。髭をたくわえたカナダ人はタフなバックパッカーといった見た目に似合わない繊細な奴だった。大西洋を渡ったピューリタンのような面もちで駅前に立ち尽くしていた。僕は寛容を是とする仏教徒だから、いとも簡単に裏切符という壁を越えて、ダフ屋に金を渡した。迷い続けるカナダ人を尻目に、翌日、上海行きの乗車率200パーセントを超える列車に乗り込んでいった。
あれから何回も広州駅を利用した。駅前広場の雑踏はもうない。昨年(2016年)の暮れにも広州駅にいた。高層ビルが建ち並ぶ市街地に比べ、広州駅周辺は再開発が遅れている。駅前を人民服が埋めていた時代の残り香が少しだけ漂っている。
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など