■寵愛の理由

「道鏡は すわるとひざが 三つでき」という川柳が詠まれるなど、道鏡が巨大なペニスの持ち主だったために、独身の孝謙上皇に寵愛されたという俗説があるが、信頼の置ける一次史料はない。ペニスがあまりに短小であると性行為は困難であるが、有名なMasters & Johnson以来、局所が大きいから女性が満足するという医学的根拠もない(もっとも英国泌尿器科学会の調査では英国人女性の1.3%が大きさに非常に関心があるという)。

 霊長類の中で、ヒトは相対的にペニスが大きい。なぜそのように進化したのかは謎であるが、米国の産婦人科医Bowmanは、ヒトの先祖では大きな脳を持った胎児を娩出するために女性の骨盤が大きく進化し、子宮が骨盤腔のより後方に位置するようになったので、ペニスが大きいほど効率良く子孫を残せるようになったという仮説を提唱している。ヒトは直立姿勢なのでこれが女性の乳房同様のセックスアピールになったという説もあるが、衣服で陰部を覆うこととは矛盾する。

■共依存関係

 弓削道鏡と孝謙上皇が不適切な関係にあったかどうかは知るすべがないが、筆者は両者が心理学でいう共依存関係にあった可能性が高いと考える。共依存とは、人間関係そのものに依存するという状態で、身近な他人の問題の後始末に翻弄される。その結果、被依存者の問題解決能力が失われるとともに、依存者本人も孤立してゆく。

 孝謙上皇は自らの価値を確認できない「自己愛の障害」、皇位に不安な「自己保護の障害」、上皇か天皇かの立場が不明瞭な「自己同一化の障害」、病気がちな「自己ケアの障害」、治天の君として振る舞えない「自己表現の障害」などの依存症の中核をなす症状があった。看病僧として帝に仕えていた道鏡の誠実な奉仕に対し、称徳天皇は最大のプレゼントとして皇位の継承を思いつき、佞臣(ねいしん)が神託としたのであろう。

 道鏡がもし初めから帝位簒奪を意図していれば、宮廷内にシンパを増やしておくなどもっとうまい方法があったはずである。しかしながら、悪気はなくとも医療者がクライアントと共依存関係に陥ったという点でアウトであろう。

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