石井一久投手の人的補償でヤクルトに移籍して活躍した福地寿樹選手=2008年5月4日 (c)朝日新聞社
石井一久投手の人的補償でヤクルトに移籍して活躍した福地寿樹選手=2008年5月4日 (c)朝日新聞社
この記事の写真をすべて見る

 糸井嘉男(オリックス)の阪神移籍も決まり、フリーエージェント(FA)戦線も佳境を迎えている。年俸がチームの10位以内だった選手のFA移籍には、旧所属球団への補償が伴う。今後は旧所属球団が人的補償を選んだ場合、誰を選択するのかにも注目が集まる。プロテクトできるのは直近のドラフトで入団する選手と外国人を除く28人。過去には人的補償での移籍が、活躍のきっかけとなった選手もいる。どんな例があったのかを振り返る。

 第1号は1995年、日本ハムから巨人にFA移籍した河野博文投手の補償として、川辺忠義投手が選ばれた。川辺は川鉄千葉から89年ドラフト2位で巨人に入団。ガリクソンの後に背番号20をつけるなど期待されたが、巨人では右肘の故障や投手層の厚さもあり、6年間で1軍登板が1度もなかった。しかし、日本ハムに移籍後は、初年度にプロ初勝利を挙げるなど、先発に中継ぎに17試合に登板した。

 ちなみに、米大リーグには「ルール5ドラフト」がある。これは大リーグで40人枠に登録されていない選手の中で、入団から5年以上の選手をドラフトし、他球団が獲得できるというものだ。川辺は巨人時代、2軍では通算21勝を挙げていた。このような選手に活躍の場を与えるためにも、ルール5ドラフトは存在する。日本でもFAが議論され始めた当初は、ルール5ドラフトのような制度が検討されていた。

暮らしとモノ班 for promotion
台風シーズン目前、水害・地震など天災に備えよう!仮設・簡易トイレのおすすめ14選
次のページ