こういう路線に乗るということは、酔狂極まりない。しかし、僕は乗ってしまった。
ノンプラドックを出たとき、すでに夕暮れだった。運転手も車掌も、ノンプラドックから先の途中駅で客の乗り降りがあるとは思っていない。それでも一応、駅に停まる。無人駅である。車掌が懐中電灯で駅を照らし、人がいないことを確認すると列車は発車する。列車のドアも開けない。人を乗せるというより、車庫に向かうと考えたほうがいいのかもしれない。1時間46分も走るのだが。
車両は3両編成で、乗客は7人。ふたりはおばさんで、4人は僧侶、そして僕。終点のスパンブリー駅で、ふたりのおばさんと車掌が降りた。運転手が数百メートル先まで走ってくれるという。
「マライメンまで行けば、少し先に国道がある。そこを車が走っている」
そういって運転手は笑った。スパンブリー駅は、市街地から4キロも離れていて、当然、駅の周りにはなにもない。スパンブリー駅で降ろされても困るのだ。
到着したのは、マライメンと表示があるだけの無人駅だった。時刻表に書かれている終点はスパンブリーだが、実際の終点はマライメンだという人もいる。
そして僕らが降りるのを確認すると、列車はスパンブリー駅に戻っていってしまった。
翌朝の4時30分、乗客はひとりでもいるのだろうか。
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など