同時代の資料『愚管抄』では延文3年4月13日に「鎌倉大納言此間有腫物事。自昨日聊有増」、同23日に「大樹蚊触事。以専使訪之。畏承由有返答」(蚊に刺された痕が悪化したために宮廷から見舞いが訪問)、『公卿補任(ぶにん)』では「源尊氏五十四 征夷大将軍四月三十日薨。自至四月十五日癰(よう)創所労、六月三日贈左大臣従一位」としている。
ただ、健康な54歳の男性が、背中の癰(ブドウ球菌などの細菌感染によるできもの)からいきなり敗血症になったとは考え難く、基礎疾患として免疫不全症おそらくは糖尿病があったのではないだろうか。同時代の『梅松論』や親友だった夢窓疎石の記録では、尊氏は朝敵となったことを悔やんで出家を宣言したり、合戦の場で苦戦に陥るとすぐに切腹しようとしたりした。また気前がよくて、新しく得た領土をことごとく傘下の武将に与えたため非常に慕われたが言動に一貫性がなく変動性が激しかったという。
疫学的に、双極性障害ではメタボリックシンドロームや糖尿病、心血管系の疾患が多いことが指摘されている。近年、双極性障害と糖尿病にはともに慢性炎症を背景とした脂肪酸とリン酸代謝異常の側面があり、細胞膜のGタンパクシグナル伝達やミトコンドリア酵素異常が関与する可能性が示唆されている。ゲノム解析から、これらの疾患にかかりやすい遺伝子があることが分かってきた。これにより今日では、予防的な治療も可能である。
尊氏の祖父家時は天下をとれないことを嘆いて突然切腹したという。天皇になろうとして果たせなかった孫義満やその子で暴君だった義教、芸術のみに情熱を注いだ義政など足利氏の将軍たちは少し変わった遺伝子を持っていたのかもしれない。
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