今季27勝1敗という図抜けた結果を背にしたチャンピオンが確信を掴めば、手に負えない。第2セットの立ち上がり、錦織はやや集中力を切らして第1ゲームをブレークされ、そこから必死の追い上げもかわされた。
この日のファーストサーブの確率が相手の65%に対し錦織は52%でポイント率は79%と53%、セカンドサーブからのポイント獲得率が60%に対し44%と、サーブの優劣が勝負のカギになったのは確かだ。サーブの改善は常に指摘されるが、今大会はそうした弱点に気を捕らわれるより、プラス面をより評価した方がいい。少なくとも決勝の第1セットまでは溌剌としたプレーが続き、大舞台でテニスを楽しんでいる実感が伝わって来た。
第2シードのマレーが3回戦敗退して、錦織は決勝までの5試合でいずれも格下相手だった。ただ、溌剌としたプレーは、ランキング下位が相手だったことより、錦織の「好きな」タイプの選手だったことにある。準々決勝のガエル・モンフィス(フランス)、準決勝のニック・キリオス(オーストラリア)は、いずれもラリー戦が得意な天才肌のテクニシャン、錦織と共通する選手で、錦織はこうしたテクニシャンとの打ち合いを無上の喜びとしている。その点でフェデラーに通ずる選手で、ミロシュ・ラオニッチ(カナダ)、マリン・チリッチ(クロアチア)、昨年2敗したブノワ・ペール(フランス)のようなビッグサーブの一発屋は、苦手と言うよりもやっていて楽しくないのだ。モンフィス戦ではマッチポイントを5本凌ぎ、若手の旗頭キリオスのリスキーなショットを料理して、気分よく冷静に迎えた決勝、ジョコビッチと打ち合ってサービスブレークに2度成功した。
日本のファンには、歯がゆさが残る結果だろう。期待が大きいのに、グランドスラムどころかマスターズのタイトルに届かない。しかし、相手はナダルに6連勝、フェデラーにグランドスラム決勝で3連勝、マレーには最近で14勝2敗という〈1強ジョコビッチ〉である。そう簡単に勝てたら、もはや世界一である。左膝の故障の程度は気になるが、むしろ、このマイアミで得た溌剌としたプレーとトップの実感の積み重ねに期待したい。着実な一歩前進だった。
文:武田薫