東京都世田谷区の閑静な住宅街にある松原アーバンクリニック。訪問診療、外来診療をおこなう有床診療所で、外来のスペースを抜けた扉の向こうには、全18床の小さな病棟が続いている。温かみのある空間は医療機関であることを忘れるほど。病室の大きなガラス窓からは庭の緑が見え、患者は思い思いに時間を過ごしている。
この日、横山政和さん(仮名・77歳)が5日間の短期入院を終え、退院していった。
横山さんは3年前に脳梗塞で倒れて以来ほぼ寝たきりで、胃ろうの管理、1~3時間ごとのたんの吸引など医療処置が必要な状態。ふだんは同クリニックの訪問診療を受けている。在宅療養は妻の泰子さん(同・75歳)の希望でもあるが、高齢で自身もバセドウ病を患う泰子さんにとって、介護の負担が重くのしかかっている。
そんな泰子さんの支えになっているのが、メディカルショートステイ(短期入院)。病棟を持つ同クリニックならではの強みで、政和さんの症状が安定しないときや、泰子さんが介護疲れや持病の悪化で体調が悪いときにこのサービスを利用しているという。政和さんを迎えにきた泰子さんはこう話す。
「介護疲れがたまってくると気持ちまでギスギスしてしまいますが、数日間預かってもらうだけでもからだが休まり、帰ってきた夫に優しく接することができるようになる。何かあったときは入院させてもらえるという安心感があるから、在宅を続けられています」
本人や家族が在宅を希望していても、本人の病状が悪化したり介護する家族が疲れたり病気になったりしたときのことを考えると、なかなか踏み切れないもの。さらに終末期ともなると看取りへの不安も加わり、在宅をあきらめてしまうケースも少なくない。
同クリニックは05年の開院時、患者や家族に不安なく在宅を続けてもらえるように18床の入院施設を設置した。院長の梅田耕明医師はこう話す。
「一昔前は自宅での看取りはごく自然なこと。2世代や3世代同居が多く、子どももたくさんいたので、介護の手は結構ありました。しかし近年は少子化と核家族化で家族の人数自体が少ない。さらに生活のために働かなければならないなど、家族が介護を丸々担うことが難しくなってきています。また高齢化で老老介護が増え、介護をする人のほうも心もとない状態です。社会情勢や療養環境の変化にあわせて、在宅を続けやすい環境をつくる必要があると考えました」
病棟の役割は「在宅療養の後方支援」と「ホスピス・緩和ケア」の二つ。
在宅療養の後方支援では、横山さん夫妻のように持病の悪化や発熱などで自宅療養が困難になった場合や、介護する家族が疲れたり病気になったりした場合のレスパイトケアとして、短期入院を受け入れている。梅田医師は言う。