ヤ:「ディープピザ」(注5)っていうですね、数センチの厚さで中身は全部チーズなんですよ。一切れ3000カロリーぐらいあるんですけれど。あの時は、日本のごはんが恋しくて泣けてきました。
羽:私は思い詰めたら、暗いマンガを描いてしまうので、読者さんが読んでいて苦しくなっただろうなという頃に、美味しい食べ物をマンガの中に出すんですね。「ささ、これをどうぞ~」みたいに。なので描く時は絶対、誰もが食べたことのあるものを描こうと思っていて。おにぎりとかシチューとかカレーとか。
ヤ:将科部の科学実験で、ラムネを作るじゃないですか。NHKの番組でもやっていましたけれど(注6)。
羽:ラムネは私も作ってみて、「こんなに簡単に作れるんだ」とびっくりしました。納豆はまだ作ったことがないんですけれど、作り方を聞いて描きました(注7)。
ヤ:読んでいると、今度、日本に帰ったらあれ食べよう、これやってみようっていう気持ちになります。究極はあの流しそうめんですね(注8)。
羽:流しそうめんは、田舎のおじがやってくれたんですよ。
ヤ:あんな大規模な!? 標高100メートルぐらいから落ちてくるような……。
羽:竹がなかったので、雨どいを組んでくれまして。小さい姪たちのために、田舎でなにか楽しい思い出をっていうので作ってくれたんですけど。そうめんを上からどんどん流してくれて、濡れちゃうからちっちゃい子にはレインコートを着せて。すごく楽しかったから絶対、描かなきゃって……。
ヤ:その楽しさが溢れている描写でしたね。
羽:楽しい思い出は、なるべくマンガに入れ込んでいこうと思って。
ヤ:素晴らしいです。そういう、今はすっかり失われてしまった古きよき昭和の雰囲気が、3姉妹の暮らし方や三月町にも感じられますね。
羽:3姉妹のおうちは、私の同級生のおうちがモデルなんです。高校時代のクラスメイトのおうちを思い出して、何十年ぶりかに電話しました。「おうち建て替えちゃった? 良かったら写真を撮らせてください」ってお願いしたら、「いいよー」って言ってくれて。取材させてもらった時は、丸いちゃぶ台がありました。間取りも本当にああいう感じで、お風呂場を後から付けたので、小さい坪庭にプレハブが建っているんです(注9)。
ヤ:そういう昭和の情景の描写って、すごく大事だと思いますよ。例えばあの3姉妹が近代的な普通のマンションに暮らしていたら、ああいう温かさが出たかな、と。
羽:それだとちょっと、主人公の男の子もおうちへ行きづらいですね。
注4)第7巻第65話。主人公桐山零が甘味処でごちそうをするシーンで、川本家の長女・あかりとひなは伝票が足りなくなるほどのトッピングを次々と追加していく。零とおじいちゃんが注文した磯辺焼きと力うどんも加わり、「甘い・しょっぱい」の“魔のループ”(甘いものとしょっぱいものが交互に出されると、いくらでも食べ続けることができてしまうこと)が形成される。
注5)シカゴ名物「ディープディッシュピザ」のこと。タルトのようにふちが高く、その中にチーズや具材がたっぷり詰めこまれている。
注6)第5巻第47話。零が所属する高校の将科部(放課後将棋科学部)で、部員・野口が科学実験の一つとしてラムネ作りを行う。NHK・Eテレの番組「グレーテルのかまど」で、このエピソードをもとにしたレシピが紹介された。
注7)第5巻第44話。
注8)第9巻第85話。高校の校庭で行われた、将科部の夏の自由研究の集大成。川本3姉妹も招待される。
注9)第3巻第23話。居間の窓を開けたら脱衣所なしのお風呂場がいきなりあらわれる。