■大事なのは相手への想像力
ヤ:『3月のライオン』には、いじめっ子も出てきますよね(注3)。でもいじめっ子も、もともとは優しくて心が温かいのに、それが許されない社会の中でそういう風になってしまっている、ということを示唆するキャラクター形成になっていると思うんですよ。いじめのシーンを読んでいると非常に心が痛むんだけれど、同時にこの子たちがなんでこんなにいじめをしなきゃいけないのかっていうことを真剣に考えてしまいます。そして、生徒と真っ当に向き合うあのごっつい先生、私にとって超理想の男子なんですけれど、彼が登場することでいじめられている子は救われるかもしれないという安堵感をすごく与えてもらっている気がするんですよね。
羽:手塚先生のマンガにも何回か出てきた形式なんですけれども、自分の親の敵に当たる人と、複雑な思いを抱えながらも一緒に居続けて、相手がピンチになるとそれでも手を差し伸べてしまうみたいな……。人間って一方向から見ただけではわからないっていうことを描けたらいいなと私は思っているんです。例えば極端な話、ある国の国民はみんな正しいと信じて戦争しているけれど、ほかの国から見ると間違ったことになっちゃっていたり。私は表も裏も悪い人っていないんじゃないかと思っているんですが、こういうことを描くのは難しいですね。
ヤ:今、羽海野さんがおっしゃったことは非常に面白いですね。私は古代ローマの研究をしていますが、やっぱり古代ローマっていうのも、いろんな国を属州としていく上でさまざまな軋轢が生じていたわけですよ。この国ではいいとされていることが、こっちではダメだとか。でもそれら全てをうまく取り入れていくことによって、あのような大帝国が成立していったわけなんですね。その過程で問われたのは、人間は他者の特異性をどこまで包括していけるかっていう寛容性であって、それはこれからも非常に大事なことだと思うんです。だから『3月のライオン』を読んでいると、私たちも人それぞれの性格やバックグラウンドをお互いに認め合ったり、見つめていかなきゃいけないっていうことをすごく感じます。
羽:友達付き合いや人付き合いにおいては、相手への想像力がすごく大事だなといつも思っています。想像力が至らなくて、疲れている人に追い討ちをかけるようなことをしてしまうと、何でもっと考えなかったんだろうとか。
ヤ:羽海野さんはとっても細やかな心遣いをされますね。
羽:私はいつも考えこんでしまうので今回、マリさんの「トークショーに一緒に出てもいいよー」っていう明るいお返事を聞いて、あぁ私もこうなりたい! って思いました。
注3)第5巻第51話からのエピソード。3姉妹の次女・川本ひなたが、幼なじみの友人をいじめからかばったことで、自身がいじめの標的となってしまう。