──もっと大きく跳んで滞空時間を延ばせばいいのでは?

 それは違いますね。結弦のトリプルアクセルは大きく跳ぶタイプなので、これ以上の高さはいりません。高さを出そうとすると筋力に頼って力み、回転が遅れます。必要なのは、跳びあがって回転を始めるまでのタイミングを早めることです。テイクオフでの僅かな感覚の差なので難しい。早く回転を始めると、高さがキープできなかったり、姿勢が歪んだりします。少しずつ調整しているところです。

 結弦はもう「答えがこのあたりにある」というのはわかっています。彼の身体の中に答えはありますから、もう私からいろいろ口を出す必要はないという段階にまできています。

──今後の試合での戦略は?

 結弦にとっては、4回転5本でのパーフェクトな演技は一つの目標ですし、4回転アクセルも降りたいでしょう。しかしコーチとしてこだわっているのは質です。選手は、ジャンプの数を競い合う「ゲーム」をしたくなります。特にチェンというライバルが目の前に現れると、数を跳びたくなります。しかしスケートの本質は「数ではなく質」。結弦は「力強いけれど無駄な力のないスケート」という究極の美を持っているので、自分らしさを生かすことが最強の戦略です。私の使命は、結弦が嫌になるくらい「質のほうが大切だ」と言い続けることです。

──チームを組んで8シーズン目。羽生選手が遂げた進化は?

 私にとって結弦は、8年前にトロントにやってきた17歳の少年のまま変わりません。しかしこの8年で、外部の目は変わりました。彼は有名人になり、果たすべき義務を負い、そして常にファンを幸せにしたいと願っています。つまり責任感が変わりました。だからこそホームである私たちは、結弦がスケートを好きで楽しむ気持ちを忘れないでいられるよう、「いつも通り」を大切にしています。

 結弦は25歳になり、誰からも尊敬されるスケーターになりました。ジャンプだけでないスケートの本質的な美しさがある。結弦には「僕のスケートは美しいんだ」というのを伝え続けてほしいです。

AERA 2020年3月23日号より抜粋

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