母は自分の口癖通りに逝った。死に方は生き方である。祖母のように死にたいとは祖母のように生きたいということ。もし母がいつもそれを願っていなければ同じ日に死ぬことはなかったであろう。偶然ではない。彼女の強い意志があったからだ。常日頃からそれを願っていない人にはあり得ない。

 さらに驚いたのは、一人暮らしの母のベッドを整えている時、枕元に固い手触りがあった。取り出してみると、短刀だった。備州長船の銘のある短刀は、母が実家から持参したのか、下重家に伝わるものか。私は短刀の存在すら知らなかったので驚いた。

 なぜ母がそれを最後まで身につけていたのか。護身用だとすればかえって一人暮らしに泥棒に入られたら危険だし、たぶんそれを眺めることで自分の姿勢を正していたのではないか。明治の女は強い。

 世の中のなべての事に耐えてきし
 今さらわれに物おじもなし

 趣味で作っていた母の辞世の歌である。母の葬儀は父が描いた母の肖像画を写真がわりに使い、白と紫の花で埋めつくした。

週刊朝日  2020年3月27日号

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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