落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「延期」。
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あいも変わらず仕事の中止やら延期やらの連絡がひっきりなし。延期ったって、その延期がまた延期になるかもしれない。誰も確かなことは言えないのにとりあえず延期の日程を手帳に書き込む。本当にやるのかよ? なんて言ってもしょうがない。収束を信じて筆圧強めで書き込むのだ。
気持ちがどんよりしてくるので、手帳のスケジュールに赤ペンで横棒を引っ張って「中止」「延期」を書いた数が三つ増えるごとにランチは1500円以上の贅沢をする『自分へのご褒美ルール』を設けてみた。結果、毎食紅生姜天そばで十分な私がこの騒動で太ってきた。コロナのおかげで、ローストビーフ丼なるものも初めて食べた。サラダにコーンポタージュまで付けて。完全に『コロナ太り』だ。ただ手銭でやってるのが情けないので、ボンヤリしてる偉いさんには早くフリーランスへの補償をして欲しい。私を太らせて。
この時期になると楽屋口には弟子入り志願者が立っていることが多いのだが、さすがに落語家の仕事がなくなっているのを察してか、今シーズンはまだ一人も見かけていない。賢明。こんな脆い商売やめといたほうがいいって。こんな時に弟子入りにくるのは、「よほど覚悟を決めた肝の据わった若者!」なんて我々は思わないから。から馬鹿です、はい。
私も入門して5月1日で丸19年。2001年4月21日午後2時。新宿末廣亭の裏の楽屋口、通りを挟んで15メートルほど離れた店舗の通用口の凹みに身を隠し、私は後の師匠・春風亭一朝の楽屋の出を待っていた。
午後3時過ぎ。出てきた。私服の師匠を目にするのは初めてだった。普通のおじさんだ。高座ではあんなに大きく見えるのにかなり小柄。師匠は楽屋を出て左に曲がった。私のいる位置とは反対方向に意外と早足でスタスタと歩いていく。