当時の大網駅では駅弁の販売もあり、スイッチバックの折り返し時間は恰好の給食タイムでもあった。土気~大網間にあったふたつのトンネル(現在は1カ所)を越え、大網で向きを反対にして安房鴨川方面に進んでゆくのは、子どもごころにも新鮮な面白さがあったが、駅の貫禄もまた旅情が刺激されたものである。木造駅舎と成東方にそびえる切り通し。その間に錯綜する側線。千葉方を望むと腕木式信号機の彼方で線路が分岐しているのが見えたように記憶している。
1972年、房総東線は電化とともに外房線と改称。大網駅は千葉方におよそ600メートル移設され、新駅として生まれ変わった。同時に外房線のスイッチバックを解消、外房線ホームと前後の線路がかつてのスイッチバック線の2辺を短絡するように大きく弧を描くこととなり、東金線はかつてのルートを辿るように成東方面へと延びている。なお、移設に際し外房線の営業キロが改められ、東京~大網間は房総東線の62.7キロから外房線では62.1キロとなった。ところが、東金線の大網~成東間はともに13.8キロのまま変更されておらず、同区間で0.6キロぶん短く据え置かれているのが面白い(現在の同区間運賃は換算キロ15.2キロを適用)。
じつはかつての大網駅は完全には撤去されておらず、かつての側線の一部が保線用に用いられているほか腕木式信号機が保存され、往時の広い構内の名残りも認めることができる。東金線の車窓から眺められるほか、東金線の北萩下踏切からは切り通しの向こうに旧駅構内の雰囲気を感じることもできるだろう。また、旧駅の周辺にはむかしながらの商店街があり、歩きながら房総東線当時の賑わいに思いを馳せてみるのもいいかもしれない。(文・植村誠)
植村 誠(うえむら・まこと)/国内外を問わず、鉄道をはじめのりものを楽しむ旅をテーマに取材・執筆中。近年は東南アジアを重点的に散策している。主な著書に『ワンテーマ指さし会話韓国×鉄道』(情報センター出版局)、『ボートで東京湾を遊びつくす!』(情報センター出版局・共著)、『絶対この季節に乗りたい鉄道の旅』(東京書籍・共著)など。