この作品で、Tシャツにサロペットジーンズ、長髪とレイバンの芳雄さんは自分の庭とばかりに軽やかに歌舞伎町を歩く。新宿という街の構造は基本的に変わっておらず、その界隈は今と同様だ。ただソニー・ロリンズのポスターやオーディオセットに積まれたカセット、缶ピース、店のピアノで歌うボブ・ディラン「風に吹かれて」に当時の時代感が立ち上る。若松監督の息をつかせぬカメラワークに興奮し、マーティン・スコセッシとロバート・デ・ニーロの『タクシードライバー』ばりのリリシズムと狂気に包まれた。
若松孝二監督には生前ラジオにもよくご出演いただいた。『キャタピラー』(2010年公開)で主演女優寺島しのぶさんがベルリン国際映画祭最優秀女優賞を獲得した折は国際電話でベルリンから喜びの声を届けてくれた。
若松監督は芳雄さんの葬儀に崔洋一監督とご一緒に参列されていたが(ブラックスーツの強面[こわもて]のお二人に気軽に近寄る者はさすがにいなかった!)、翌年若松監督も交通事故で亡くなり、同じ青山葬儀所に多くの後進が集った。
お二人とも後輩と酒を飲むのが大好きだった。握手をさせていただいた感触を覚えている。原田芳雄さん、若松孝二監督、どちらの手もすべすべで柔らかだった。
※週刊朝日 2020年5月29日号