指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第20回は「固定観念に縛られない遊び心」について。
【写真】昨年の世界選手権女子100メートル平泳ぎで4位に入った青木玲緒樹
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競泳のコーチを30年以上続けてきて、指導のノウハウは蓄積されてきました。泳ぎの技術を教えるときは、どうやって伝えればいいか、自分の中の引き出しから選んでいきます。
しかし、経験を重ねると、「こうあるべきだ」という固定観念が生まれて、自由な発想を妨げてしまうことがあります。選手が抱えている課題は一人ひとり違うので、教科書通りにいかないことのほうが多い。うまくいかないとき、過去の経験だけに頼らず別の考え方ができれば、そこが突破口になっていきます。
昨年の韓国・光州世界選手権女子100メートル平泳ぎ4位の青木玲緒樹(れおな)は、ターンに課題があります。両手でタッチをして右手で壁を押してターンをするとき、体の下になる左手の処理がうまくいかず動きがカクカクするのです。何年もかけて指導していますが、うまくいったり元に戻ったり、一進一退を続けています。
先日のターン練習で初めて、いつもとは逆の左手で壁を押してターンをやらせてみました。すると動きが滑らかになったのです。本人も「いい感じです」と手応えを口にしました。これで長年の課題が克服できるかもしれません。まだ安心はしていませんが(笑)。
ストイックに一つのやり方にこだわって改善できなければ行き詰まります。まずは試しにやってみよう。そんな気楽なやり方から、新しい方向性が見えてくることが多い気がします。
女子200メートル背泳ぎで五輪2大会連続銅メダルの中村礼子は、スタート台のバーの持ち方を横から縦に変えて体全体の力をうまく使えるようになりました。
きっかけは一緒に練習をしていた男子平泳ぎの五輪メダリスト・デュボス(フランス)が、クールダウンのときに見せた背泳ぎのスタートでした。バーを縦に持って力強く飛び出していたので、中村にやらせてみたのです。最初のメダルを取ったアテネ五輪を終えた中村と、北京五輪に向けてスケールアップをしようと話していました。スタート改良もその一環でした。